2018年1月22日月曜日

ペーパーフィルターにまつわる誤解

最近お客さまに、白いペーパーは漂白剤の匂いが気になるので無漂白のもの(みさらし)の方がいいですよね?と訊かれた。

そう、世の中には白いペーパーフィルターと茶色のペーパーフィルターが存在する。
一般的に同じブランドのものだと無漂白の方が少し高価なので、そちらのほうがいい、という先入観を産むのだろうか。

なぜ無漂白のほうが高価なのか。
それは、木材からリグニンという物質を取り去るために、漂白剤ではなく、大量の水で洗い流すためコストが嵩むからだという。
そうしてなお、取りきれず残ったリグニンの色があの「茶色」なのである。

まず今回の話の起点となった「匂い」についてだが、その意味では無漂白ペーパーフィルターにこそ「木」の匂いが残っている。

漂白されたペーパーフィルターに「匂い」がありそうな気がするのは、おそらく「漂白」という名称から次亜塩素酸ナトリウムの匂いを連想しているのかもしれない。
しかし現在、(ペーパーフィルターに限らず)紙を塩素漂白で白くしているところはほとんどないのだ。
漂白の過程で生成される有機塩素化合物がダイオキシンの原因物質となるため、世界的に酸素系漂白法への転換が進んでいるのである。
ということは、むしろ匂いが気になるのは無漂白パルプから作られたものではないだろうか。

件のお客さまは、匂いが気になるので白いペーパーを使う時には抽出前にお湯をかけたほうがいいか、と重ねて訊いたが、むしろ無漂白のペーパーをお使いのかたは、使用前にお湯をかけてみてほしい。
ものによっては、溶け出したリグニンが混じった茶色いお湯が出てくるはずだ。


パルプの酸素漂白への転換がはじまったのは、比較的最近のことで、1998年頃だそうだ。
それ以前の時期に、健康志向の高まりに合わせて無漂白ペーパーフィルターが生まれた。
すでにほぼ酸素漂白への転換が終わった今もこれが残っているのは、ひとえに「味が違う」からである。

無漂白パルプから生まれる紙はリグニンが残っているため丈夫で、重い物を入れる袋などに使われる。
残存リグニンから出るかすかな木の香りと、緊密な紙質が抽出に影響を与えるのだろう。
その差は微々たるものかもしれないが、微々たる違いを追い込んでこその趣味とも言える。

しかし木を見て森を見ず、になっては面倒な手数をかけてコーヒーを淹れる甲斐がない。
焙煎によって生じた多くの香味成分の複雑なバランスを、なるべく純粋な形で味わうならやはり、ペーパーは漂白されたペーパーのほうがいいと思う。


2018年1月2日火曜日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
今年も2日より営業をはじめました。
よろしくお願いいたします。



店を始める前は3年に一度くらいイタリアに行っていたので、コーヒーの修行を始めた時もエスプレッソは必須だろうと思い、堀口珈琲工房さんのエスプレッソ教室に行ってみた。
そこで出会ったのが、パヴォーニの手動式エスプレッソマシンだった。


007の映画でジェームス・ボンドがコーヒーを淹れるのに使っていたのを思い出して自分でも買ってみたが、絶対的ワンオペの個人店では運用が難しいし、コーヒーの味の複雑さがわかってくるとエスプレッソなんかは飲めなくなるもので、自分も興味を持てなくなって今はもっぱら飾りとなっている。

時折このエスプレッソマシンをきっかけに007の話になったりするから、どの映画に出てたんだったか確かめようと順番に観ていったことがある。
僕の記憶の中ではこのマシンを使っていたのは絶対にショーン・コネリーだったわけだが、ショーン・コネリー期の作品には該当するシーンが見当たらなかった。
意地になってロジャー・ムーア期のものにあたってみると、主演交代の一作目「死ぬのは奴らだ」の冒頭に出て来るではないか。

ぜったいにそうだと思っていた強固な記憶が、実はそうではなかった、ということは、この歳になって同窓会なんかに出席するとよく出くわす案件だが、別に悪いことでもないと思う。
それはきっと、たくさんの経験がいろいろに作用しあって、他の誰とも違う今の自分が出来ているという証なのであって、その自分にしか出来ないことがきっとあるということだと思うから。

今年もいろいろ記憶違いからいい加減なことを言うと思いますが、その分だけ<ここにしかない>度の高い味をご提供していきたいと思っています。
ぜひよろしくお願いいたします。

2017年9月29日金曜日

煎じ詰めて言えば、コーヒー屋の仕事の要衝は旨い“ブレンド”を作ることにあるんじゃないだろうか

先日とあるカフェにお邪魔して、「ブレンドを」とお願いしたら、
「お客さまの好みにブレンドをお作りします。どんな味がいいですか」
と言われた。

その設定は想定外だったので慌てたが、すぐに頭に浮かんだのは、“コーヒーの神様”襟立氏のご子息が山の手で営んでおられた「リヒト」で、すべてのコーヒー豆のプライスタグに書かれていた、
酸っぱくも苦くもありません
という言葉だった。

しかしその当のリヒト店主が、客が少しでもコーヒー通ぶったことを言うと、とたんに不機嫌になったことも同時に思い出し、「あんまり苦くないほうがいいんですが、酸っぱいっていうのもちょっと苦手で・・」と、しどろもどろな感じでお願いしてみた。
まあじゃあ、バランス重視って感じですかね、と言って作ってくださったブレンドはかなり強い酸味のコーヒーだった。

味覚という官能評価は人によってだいぶ違う。
そして極めて言葉にしにくいのがコーヒーの味だ。
だからお客さまのお好みを伺って、それに応える味を作るのは実に難しい。
だから、自分が美味しいと思う味を、その店のメートル原器にして、そこを起点に味のバリエーションを作るのが王道だ、と最後に師事したお師匠さんに教わった。


それに、僕の10年の経験から言って、そう簡単にブレンドは出来ない。
まず実現したい味のイメージがなければ、なんのためにブレンドを作るのかわからない。
と言ったって、実現したい味のイメージなんて考えて浮かぶもんじゃないし、カタログに書いてあるセールス・コピーの一般論も、もちろんあてにならない。
自分で経験したことしか信じられないのがコーヒーの世界だと思う。

コーヒーの勉強をはじめたばかりの頃、頭でっかちの僕はコーヒーの起源の地であるエチオピア産の豆を飲み比べて歩いた。
酸っぱいお店が多かったが、門前仲町のピコというお店のエチオピアはとても柔らかくて綺麗な味だった。

ピコのマスターがやっていたコーヒー教室に参加して、KONO式の器具に出会い、あまりの味の違いにびっくりして、KONOコーヒー塾の門を叩いた。
そこで社長の淹れてくれたエチオピアの味ときたら!

そうか、これが酸っぱいとは違うコーヒーの酸味か、と気がついたが、これやっぱり結構な経験を積まないと気付けない味だな、とも思った。
だから自分の最初のブレンドは、はじめて飲んだ人にもわかる、「酸味の誤解」を解くコーヒーを作りたい、と思ったのだ。

試行錯誤、紆余曲折の結果、途中段階で開業し、4年目にしてやっと今のカタチの「ジリオブレンド」が完成した。
今日も朝から、そのブレンドの構成豆を焙煎した。


ゲイシャ種なんて珍しいですね、とか、ここのグァテマラは旨いね、とか、もちろんうれしくないことはないけれど、豆の選定から、焙煎度の吟味からやって、頭にあるコーヒーのイメージを作ったブレンドを、常連さんから「お宅のコーヒー」と言われるのが、コーヒー屋としてなにより嬉しい。
煎じ詰めて言えば、コーヒー屋の仕事の要衝は旨い“ブレンド”を作ることにあるんじゃないだろうか

2017年8月25日金曜日

オリジンとオリジナリティ

19世紀中頃のフランスで生まれたシブースト・クリームは、カスタードクリームとゼラチンとイタリアン・メレンゲを合わせ、ふんわりした食感をケーキの世界にもたらした画期的なクリームです。
現代でケーキによく使われるようになったムース・ババロア系の原型ともいえるものです。

代表的なケーキが、その名も「シブースト」
うちでは「りんごのシブスト」の名前で、秋から冬にかけてお作りしています。

りんごのシブスト
 そして今日は同時に、その直系の発展形「ババロア」もお出ししています。
「マスカルポーネチーズとレモンのババロア」です。
マスカルポーネチーズとレモンのババロア
ケーキにも歴史があります。
個人の才能によって表出されると思われがちなオリジナリティも、実際には長い時間をかけて積み上げられた先人の業績の上に築かれているんだなあ、と感じます。

2017年8月24日木曜日

すべては鮮度のために

今日は不安定な天気の札幌です。
雨の日はすこし仕上がりがスモーキーになるような気がして、焙煎は避けるのですが、さすがに看板ブレンドが品切れでは営業できません。

ジリオブレンドを構成する「エチオピア」「タンザニア」「パプアニューギニア」を焙煎しました。

エチオピア イルガチェフェ WASH

タンザニア アデラAA

パプアニューギニア シグリAA
豆の選択は、いろいろ試行錯誤をして、結局三種とも、最後の焙煎の師匠中野弘志さんの教えてくださった豆になりました。
他の焙煎所で教えていただいた豆は、いいものもあったのですが一般に供給の安定度が低く、代わりの豆を選んではその都度焙煎度の調整をしなくてはなりませんし、思った味にならないものもありました。
その点、この三ブランドは、この10年概ね安定した供給を受けられています。

鮮度のことを考えると、少しずつブレンドして、ストレート用の豆がなくなった時にブレンドの中に混ぜ込んだ古い豆が残らないようにしています。
ゆえに、ご注文いただいてから、やおらブレンドをはじめたりして少し時間がかかることがありますが、すべては鮮度のためにやっていることですのでご容赦ください。

2017年8月23日水曜日

面陳と背刺し

昨日の肌寒い雨で夏も終わったか、と思ったらさっそく厳しい残暑の札幌です。

今朝は「マラウイ」と「エルサルバドル」の焙煎をしておりました。

マラウイ・ミスク・チノンゴAA

エルサルバドル・サンタ・リタ農園
マラウイはアフリカはタンザニアの東隣に位置する小国です。
パナマのエスメラルダ農園で、耳慣れない「ゲイシャ」という品種の豆がカップ・オブ・エクセレンスを受賞して話題になりましたが、そのずっと前からゲイシャ種を栽培していた国です。
もとは、エチオピアのゲシャ村で発見された変異種ですね。
古い品種ならではのパンチの効いた味が魅力です。

グァテマラの隣国エルサルバドルのサンタ・リタ農園は、中米ではもう作っているところの少なくなったブルボン種を丁寧に作り続けている数少ない農園のひとつ。最近ハイブリッドの栽培品種が増え、味の濁りが感じられるようになったグァテマラのセカンド・チョイスとしてお勧めできます。

この二種のコーヒーは今年のカフェジリオ開店10周年記念リニューアルで、新たにレギュラー入りした豆なのですが、それまでも月替りで特設コーナーに置いて販売していました。
不思議なことに、出せば必ず買っていかれたお客さまも、なぜかレギュラー商品になると、ご案内してもお買いにならなくなります。
 書店ではよく知られる「面陳」効果です。
棚に陳列するさい、表紙が見えるように並べるのを「面陳」、背表紙が見えるように並べるのを「背刺し」といいますが、こんなことで驚くほど売れ行きが違うそうです。

先日もレンタルDVD店で、中井貴一さんの「グッドモーニング・ショー」という映画が新作コーナーに面陳されていて、それがいつ行っても全巻レンタル中でした。
こんなに人気があるならもっと入荷すればいいのに、と思っていたのですが、二週間後背刺しに移行した瞬間から一巻も借りられていない、という気の毒にもわかり易すぎる結果になっていました。

純粋に味だけでコーヒーを選んで欲しい、という想いから原価にかかわらず価格だって500円に統一しているのです。面陳だから売れる、というのでは悲しい。
きっとその肝心の味がうまく伝えられていないのでしょう。

しかし、これが難しい。
コーヒーの神様、と呼ばれた襟立氏(伝説の名店「もか」の標さんのお師匠さん)のご長男がやっておられた宮の森の「リヒト」(現在は閉店)では、すべてのコーヒー豆の説明書きに、「苦くも酸っぱくもありません」とだけ書かれていました。
知れば知る程、言葉にできなくなるのが珈琲の味なんです。
ましてや酸っぱいとか苦いとかは、焙煎度の差に過ぎず、本来のコーヒーの属性ではない。

今は、「ローストナッツ」や「チョコレート」「花」「柑橘」といったアロマの傾向で表現するのが主流ですが、これも飲み慣れない人には伝わりにくいですし、少なくない人がそういうフレーバーを付けたコーヒーと勘違いされたりします。なにかうまい方法はないものか、もう少し考えてみたいと思います。

2017年8月22日火曜日

夏の終わり

今日は札幌は雨。

また蒸し暑さが戻ってきましたが、もうすぐ夏も終わりですね。
お客さまが、わたくしどもの店名にちなんで、ユリの花(イタリア語でGiglio)を持ってきてくださいました。


例年夏には「いちじくのタルト」をお待ちいただいておりましたが、今年いちじくの不作で、短期間しかお出しすることができませんでした。
替わりにお出ししました「桃のショートケーキ」は大変ご好評いただき、見事リリーフエースをつとめてくれました。
その桃もそろそろ終わりです。


 この夏もうひとつの主役がこのムースでした。

入荷するフルーツの出来に合わせて、こまかく中身の変わるムースです。
酸味のある赤い果実と黄色い果実を組み合わせて、たっぷりの果物と一緒にムースに仕立てています。


まもなく、「スイートポテト」や「りんごのシブースト」といった秋のケーキへの切り替えがはじまります。