2012年11月27日火曜日

受け継ぐべきもの:The road to Cafe GIGLIO part-4

リクルートにいた頃、専門学校さんに募集広告のご提案をするのが私の仕事だった。しかし、広告というものは所詮学校の力以上のものは発揮できないものである。問題はその学校の良さ、というものが学校自身にも認知されていないというところにある。それは創業者の人生まで含めた「歴史」の中や、現在生徒を教えている「先生一人ひとり」の中に眠っているのだ。
だから取り急ぎ、それは揺り起こされなくてはならない。そしてご自身たちの口によって、同じ言葉で繰り返し語られなければならない。

と、いうようなお話を学校の経営者の皆様に申し上げると、よく「今の話を職員に話してくれないか」と言われた。そして研修が企画され、せっかく場をいただいたのだからと、そこで職員の皆さんと簡単なゲームをやって、教職員の皆さんの中に眠る学校の魅力を言語化していった。

手間がかかり、時間がかかり、効果もゆっくりとしか現れないが、確かな手応えのある方法だと思う。
だから自分の事業を作り上げる時だって、もちろん同じ事をやったのだ。
自分の事業と言ったが、この事業のコアはパティシエである家内のケーキ職人になりたいという強い思いにある。
だから店名にもパティシエの名前である百合子をイタリア語にしてGIGLIO(ジリオ)と付けた。それがイタリア語なのは、彼女がはじめてパティシエとして働いたお店が三軒茶屋の「ペペロッソ」というイタリア料理店であったことに由来している。その店でイタリアの文化に触れ、惚れ込み、長い休みの度にイタリアに行くようになり、ある年、シエナで見かけた小さなホテルの壁に描かれた百合の花とGIGLIOというホテル名を見て、あ、これだな、と直感したのだから。

その後、ペペロッソの社長が、「本格的に菓子をやりたいなら、友人のやってる菓子店を紹介してやる」と言って下さって、移ったのが「ヒサモト洋菓子店」で、日本洋菓子協会の初代会長の久本氏が昭和15年に開いたという老舗。お孫さんである三代目が経営者だった。残念ながらご病気のため2005年に逝去され、お店も閉店となってしまった。

しかし、今でもヒサモトのケーキや焼き菓子のファンは多く、ヒサモトと同じスタイルの丸いショートケーキを、検索で発見して東京から食べにいらしたお客様もいたほどだ。

日本の高度成長期、東急グループの総帥であった五島昇氏は、東急田園都市計画を策定し、渋谷、三軒茶屋、自由が丘、といった地域に商業施設をセットした住宅都市を作り、それを電車・バスなどの交通網で結んだ。ヒサモトの創業者、久本晋平氏はこの東急田園都市計画に賛同して、東急沿線に店舗を拡大していった。豊かになっていく日本の家庭で、休日の団欒を暖かい色彩で彩る洋菓子を提供してヒサモト洋菓子店は大きくなっていった。
ヒサモトのレシピは、奇をてらったところはないが、口に入れれば優しくて暖かい味がする。それこそがヒサモトが時間をかけて磨いてきた家族の団欒を彩る力であったのだ。

この「歴史」こそが我々が継承すべき「情熱」であり起点とすべきものだ、と思い定め具体的な商品の設計を行う。そのひとつの到達点が「卵」であった。
素材を吟味していくうちに、ケージに閉じ込められ工場で大量生産されるように作られた卵と、人の手をかけ自然に近い状態で、自然な餌を食べて育った鶏が産んだ卵ではこんなにも味が違うのかと驚いた。近郊で「平飼い」で鶏を育てている農家さんの卵をいくつか試して、ケーキやプリンとの相性がいい余市の「滝下農園」さんにお世話になることに決めた。


当時、我々も子育ての真っ最中だった。だからあたたかい家族のふれあいを彩るためのケーキの味を、命の源である卵が作るというのは至極当然のことに思えた。
だからこの店のシンボルマークを、卵を産んでくれる「鶏」にしたのだ。

デザインはリクルート時代にお仕事のことやら遊びのことなんかも教えていただいた大先輩の大嶽一省氏にお願いした。現在はご自身の事務所をお作りになって制作物の範疇にとらわれない広い意味で様々な「コミュニケーションのデザイン」をしておられる。当店のデザインでも、ロゴマークをデザインするにとどまらず、「卵の味」を最もストレートに伝えるシュークリームに「ママのシュークリーム」と名付けるといった、コミュニケーションのフレームワークに踏み込むデザインを施していただいた。

ある日、女性のお客様が帰り際に、「このお店のショートケーキを食べたとき、何年も前に亡くなった父が、子供のころによく買って帰って来てくれたケーキの味を思い出しました。なんだか、あったかい味のするショートケーキですね。」とおっしゃってくださった。「ありがとうございます。」と答えながら、「あったかい味」という表現が、この方がお父様に寄せていらしたのであろう愛情を感じさせて、不覚にも涙がこぼれた。

そして、我々が受け継いだ歴史が、心をこめて作っていただいている食材が、そしてそれらを巧みに組み合わせてデザインされたコミュニケーションのフレームワークが「届いた」と思った。
こんなうれしいことはない。
仕事を通じて得られるヨロコビというのは、どんな仕事でも一緒なんだね。

0 件のコメント:

コメントを投稿