2013年5月27日月曜日

レモンティー

札幌もずいぶん春めいてきました。
まだ、アイスドリンクの注文が増えるほどではありませんが、「今日は紅茶にしようかな」という方が増える時期です。

どちらかというと珈琲は濃厚な味わい、紅茶はさっぱりした味わいというイメージがあるようです。
そしてそれは、珈琲の味の中核が「苦味」で、紅茶のそれは「渋味」であるからなのでしょう。

冒頭から脱線で恐縮ですが、よく珈琲の苦味はカフェインの味、という説明をネットなどでみかけますが、カフェインは確かに苦い物質ではありますがほんのりした苦味しかなく、感覚的には珈琲の苦味の10%ほどを担っているに過ぎません。
大部分は焙煎で生成するクロロゲン酸分解物や褐色色素群の味が苦味を担っていて、焙煎が進むと生成量が増え、さらに炭化していくため、焙煎が進むほど苦くなるという理屈です。
カフェイン自体は焙煎によって微減していきますので苦味への寄与度は減っていくのです。

それはさておき、カフェジリオは自家焙煎珈琲店ではありますが、紅茶も重要なメニューだと思っていますので、開業前にブルックボンドハウスのティー・インストラクター講座で2週間ほど集中的に勉強しました。
日本紅茶協会公認のインストラクター資格も取りました。
札幌の紅茶屋さんを回って、一番美味しかった石渡紅茶さんから茶葉を分けていただいて営業しています。

昔は、紅茶、と頼むと「レモンにしますか、ミルクにしますか」と聞かれたものですが、今は多くの喫茶店で「レモンティー」とか「ミルクティー」とかいう言い方はしないですし、ウチも紅茶の種類で載せています。
さらに、レモン下さい、と言われたことは開業以来たったの一回しかありません。
もうレモンティというメニューは、あまり飲まれなくなっているのでしょうか。
だとすると、勉強中に習ったことで、思い当たることがあります。

紅茶の渋味の主成分は「タンニン」です。
このタンニンは、レモンのクエン酸と結びついて紅茶の色を薄くしてしまいます。紅茶の色は水色(「みずいろ」ではなく「すいしょく」)と言って、味わう際の重要な要素ですので、これが薄くなってしまうのは好ましくありません。レモンを皮ごと入れると、これまたタンニンと結びついて今度は苦味成分を作り出してしまいます。
味も損なわれてしまうのですね。

そんなこともあってか、ブルックボンドのテキストにはレモンティーの「レ」の字も出てきません。
ですので、ジリオでも紅茶にメニューに特にレモンやミルクとは表記していないのです。


中国では、緑茶にレモン果汁を入れる飲み方があったそうで、本家シノワズリー(中国趣味)の伝播者である英国と、その文化的影響を強く受けた台湾では今でも緑茶にレモンを入れる飲み方が残っているそうです。ただし、英国では紅茶にレモンを入れることは一般的でなく、ミルクをいれるのが常道です。

そういえば、ピーター・ラビットの作者ビアトリクス・ポターの生涯を描いた映画「ミス・ポター」で、出版のマネジメントをしてくれる(後に恋人となる)男性が、はじめて家に招かれた時、「お茶は?」と聞かれて、「あ、レモンで」と答えて家人に怪訝そうな顔をされるというシーンがあり、マナーにうるさい上流階層と実業家との身分がはっきり分かれていたことを表現していました。

日本の飲料に関する習慣は戦後アメリカのやり方に上書きされたものが多いのですが、紅茶にレモンを入れる習慣も、アメリカのレモン農家が酷暑の農作業中に疲労回復に効果のあるクエン酸を摂取するために冷やした紅茶に入れて飲んだのが伝わったもの。
冷えていれば苦味も強くは感じないため一般的になり、いつしかあたたかい紅茶にも使われるようになったのかもしれません。


紅茶のことは知っているようで知らないことが多く、開業前の修行中に何度も驚きました。
紅茶と緑茶とウーロン茶は、同じカメリアシネンシスという植物の葉で発酵の度合いが違うだけ、とか。
そのカメリアシネンシス以外の植物で作られた飲料(つまりハーブ茶のようなもの)は茶外茶と呼ばれるとか。
ティー・スプーンは茶葉2gの計量にも使えるようにコーヒースプーンより大きいとか。
オレンジ・ペコーは紅茶の種類じゃなくて茶葉の大きさの規格だとか・・

こういう食についての常識が、特に飲料について弱いのは、我々喫茶店側が正しいメニューを備えていないことに原因があるのは明らかだと思います。
レストランや料亭で料理に勝手な名前をつけて長い時間をかけて先人たちが磨いてきた伝統あるメニューを汚したりしているのを見かけることはほとんどありません。

カフェや喫茶店が簡単に開業できてしまうため、充分に勉強していない人が多いということなのかもしれません。
自戒をこめて、真摯にやっていきたいと思っています。

(旧Cafe GIGLIO Blogから再掲)

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