2014年12月24日水曜日

1994年のクリスマス〜フランクフルトのクリスマスマーケットとジェノヴァの小さなリストランテで。

20年ほど前の話になる。
その冬、家内はパティシエ修行で、3ヶ月間ドイツに行っていた。
彼女が働いていたヒサモトという老舗菓子店と縁のあるお店で住み込みの従業員として働くのだ。

僕はその修業が終わる日に合わせて、会社に少し長めのお休みを申請してドイツに向かった。
ちょうどクリスマスの直前だった。

到着したその日、雪の降りしきるフランクフルトのクリスマスマーケットを、グリューワインで体を暖めながら見て回った。
どの屋台でも同じような木工細工、同じようなマグカップを売っていて、並んでいるソーセージもさして違いがあるようには見えなかったが、みな、思い思いの屋台でそれらを買い求めていて、それがとても楽しそうだった。

誰かと違うことではなく、ただ平凡であることが幸福の条件なんだと、その光景が語っていた。
世界に冠たる金融都市で工業都市のフランクフルト・アム・マイン (Frankfurt am Main)がクリスマスの夜に見せるそのもうひとつの顔。
僕らはその敬虔さに少し感動していた。


翌日、霙(みぞれ)混じりのイタリアに入った。
イタリアでも指折りの古都ジェノヴァを目的地にしたのは、当時カズが在籍していたセリエAジェノアがある街だったからかもしれない。
でもその少し前に行われた国際博覧会の際に建築家レンゾ・ピアノが再開発してしまった旧市街はどこかよそよそしい感じで、メインストリートを外れて古い町並みが残っていそうな住宅街の方に登っていった。
そこで小さなリストランテを見つけた。
その日は25日で、道を歩いている人もまばらで、開いている店もほとんどなかった。
入ってみると、お客さんは僕らの他に一組だけ。観光客が来るような場所ではないらしく、メニューも簡単なものしかないがいいかと聞かれたが、それでいいと答えた。
しかしそこで食べた、見た目に何の変哲もないフォカッチャのうまさときたら!
中世に栄華を極め、衰退の一途をたどった古都の人々が伝え残した、経済とは関係ない場所にある豊かさの片鱗を感じた瞬間だった。


ヨーロッパのクリスマスに学んだいくつかのことが、今僕らがやっているこの店に確かに影響を与えている。
もちろんそれを目指して札幌に移住して開業したに違いないのだが、クリスマスが来て、雪の中お客様がケーキを受け取りに来られるのをお迎えする度に、心だけがふとあの日の霙降るジェノヴァに飛んで、二つの時に同時に存在しているような不思議な気分になる。
そして同時に、彼の地の人々のような文化の担い手になれているだろうかと自問して、今年やってしまったあれやこれやの身勝手な行いを恥じるのだ。
メリークリスマス。


2014年12月14日日曜日

競馬と選挙

今日は衆院選。 朝一番で投票を済ませてきました。

一票の格差が大きく違憲状態と指摘されている現状を改善せぬまま、それでも次の選挙が行えてしまうこの国の舵取りを誰に委ねるのか。
自分なりに政治的良心と私欲の関係について考え抜いて投票先を決めたつもりです。


まだ二十代の頃、何度か競馬場に行きました。
競馬では予想の精度を楽しむところがあり、結果いつもカタい馬に賭ける傾向になりやすく、それなりに小さな的中がいくつかあって、配当はさておいて競馬というスポーツ観戦を楽しんでいました。

最後に競馬場に行ったのが、平成三年の有馬記念。
家内と家内の姉と一緒に行ったのですが、なんと義姉は大穴のダイユウサクを的中。
身近な人が万馬券を的中させるのをはじめて見て、僕はその日を最後に競馬をやめました。
理知を出し抜いて当たる確率が低い馬券に高い報酬が払われるという仕組みの裏側では、もちろん出し抜かれた側が搾取されているわけで、それじゃまるで世の中そのものじゃないかと思い当たり、急に現実を写し絵にしたスポーツなんてつまらないと醒めてしまったのです。

選挙の方では、結局今まで一度も勝ち馬に投票したことがありません。
しかしこっちは別に残念ではない。
むしろ世界が多様であることの証明として僕の一票が機能していると、いつもそう感じています。
きっと今回もそうでしょう。

願わくば、選挙に勝った勢力に属する皆さんも、この多様な世界で完全な信任などないという事実を謙虚に受け止めてくれることを期待しています。

2014年11月15日土曜日

僕らは「地上の星」である

北海道新聞朝刊の「卓上四季」というコラム。
朝日新聞でいう「天声人語」にあたるものだが、教養ある人生の先輩からの箴言としていつも読んでいる。
最近筆者が変わったと聞いた。

今朝は、彗星への着陸成功にかけて、中島みゆきさんの「地上の星」を話題にしていた。
しかしあろうことか、この歌を平凡な我々も努力すれば「星」になれるという趣旨にとらえて論旨を展開していた。

筆者はプロジェクトXを観て、主題歌としての地上の星を<歌>として聴いただけだけなのだろう。
先入観を捨て、中島みゆきさんの書いた言葉に心を落ち着かせて耳を傾ければ、まちがってもそのような解釈にはならないはずだ。

手の届かない場所にある星のような華々しい活躍をする人だけが、世界を動かしているのではない。
地上にいるわれわれ一人ひとりこそが世界なのだから、空ばかり見るのはやめよう、先人が何処に消え、われわれが何処に向かって歩いているのかに目をこらせ、と中島みゆきさんは歌っているのである。


前職で、ある音楽系専門学校の入学式に招かれた。
その学校の名誉校長をつとめる湯川れい子さんが登壇し、こう言った。
「この学校を卒業して、デビューしてスターになる人もいる。しかしそのスターも支えてくれるたくさんの人がいなければ輝けない。そんな業界の一人ひとりがみんな「星」なんだと思います。どの「星」もみんな等しく大切だと我々は考えています」と。
そして教員たち(みんな有名なミュージシャンです)のバンドと在校生の歌で「地上の星」が歌われた。

湯川先生のメッセージを抱いてその歌を聴いていると、会社の中で、業績が思わしくない時、売れてる営業パーソンを妬ましく思ったり、自分の努力は誰かに理 解されているだろうかと疑わしく思ったりしたことなんかが心をぐるぐる回って、苦しくなって、来賓席で恥ずかしいくらい泣いた。
そしてこの専門学校に入学する学生たちの未来と、自分自身のこれからに思いを馳せて、なんとなくだけど大丈夫だな、と思えた。

今でも地上の星を聴くとその時のことを思い出す。

2014年10月15日水曜日

こむら返り

一昨日の深夜、強烈なこむら返りに襲われた。
二日目の今日になっても左のふくらはぎに強い痛みが残っている。

そういえば「こむら返り」って何なん?って思ってググったら原因は完全には特定されていないとあるものの、

運動中のこむら返りは、脳から出された信号が運動神経に伝達される過程で異常を起こし、筋肉が過剰に収縮してしまうことが原因ですが、睡眠中の場合も同様のメカニズムで発生します。(http://atakin.jp/e00koram/e04komura.html)

との記述もあり、脳の信号を体が<誤解>してしまう、という感じが、こむら返りに襲われた時のあの自分の意志に反して筋肉がどんどん収縮していってしまう焦燥感にピッタリくる。

島田荘司先生の新刊「幻肢」によれば、人間の脳から体に出される信号は非常に精妙なフィードバック・ループを成していて、動けという命令を受け取った筋肉が、実際に動いた部位の位置を脳に送り返しているんだそうだ。
そのおかげで非常に緻密な動作が可能になっているといういうのだから本当に人間は凄いもんだと思うが、そのフィードバック・ループの外で起こった筋肉の動きが制御されずに、物理的な体の構造を無視した偽りの指令を実行しようとするのが「こむら返り」というわけなんだろう。

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自分の体の誤動作に裏切られる、と考えると、それだけで怖い。

そう、それは恐怖だ。

押井守監督の「攻殻機動隊」という映画で、サイボーグ化された主人公が素手で戦車をこじ開けようとして、強化された筋肉にフルパワーを送り込み、結局体がその力に耐え切れず破断してしまうシーンを観た時に、「もうやめてくれ!」と叫びそうになった。
それは「思ったより、心と体は一体でない」という恐怖だった。

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人間は他者を殺すことが出来る。
それは自分を殺すことが出来るという意味でもある。
もし、心が自分を裏切ったら、自分自身を破壊する力を僕たちは持っている。

こむら返りはたぶん最も身近な自分への「裏切り」だ。
それでもこんなに怖い。
他人が自分の思うとおりに動かないことなど当たり前だと思えるくらいに。

2014年10月10日金曜日

「能」とコーヒー、あるいは「無私」の焙煎道について

世にメールマガジンは星の数ほどあるが、新潮社の雑誌「考える人」の編集長河野通和(みちかず)さんのものほど深く心に忍び込んでくるものはない。
すぐれた文学作品ほど、これは僕のために書かれたに違いないと思わせるものだが、河野さんの文章にもそういうところがある。


今日届いたメールマガジンには、あのミシマ社の創業者三島邦弘さんの新刊について書かれていた。出版社であるミシマ社の社長である三島さんの本が、朝日新 聞出版から出たという話を新潮社の編集者のメールマガジンで読むというシチュエーションにちょっと戸惑いながら読み始めた。


そこには「能」のシテとワキのことが書かれていた。

話し手であるシテから話を引き出したあと、舞台の隅で木偶のように座るワキは「何もしないことを全身全霊でしているのだ」という一節からは、一読ではわからないが、何かここには大切なことが書かれているという匂いがしていた。

三島氏は、能楽師からこの話を聞いて、編集者にこそ「全身全霊で何もしないこと」が重要なのだと悟ったと言う。
自分発信に走ればかえって主体は遠ざかる。自力で全てを動かしてやろう、そういう自意識ほど自然からはるか遠い行為はない、と。


すぐに思い出したのは、たった一日しか師事しなかったのに、その教えが隅々まで心に染み込んでいるコーヒー焙煎の師匠、中野弘志さんのことだ。

中野さんの焙煎教室は、マンツーマンで、一日中コーヒーを焼く。とにかく焼く。
焼いてる横でこう言われる。

浅煎りとか、深煎りとか考えてはいけない。 
その豆が焼かれたがっている深度はたったひとつしかないはずなんだ。その声に耳を傾けろ。豆の肌を見ろ。
教えてもらうんじゃない。君が感じるんだ。

中野さんが僕に教えようとしていたのは、このワキの精神に違いない。

コーヒーは嗜好品だ。
だからコーヒーの好みなど100人いれば100通りあっていい。
その100通りの好みを持つお客様に、焙煎士は何を信じてコーヒーを提供すればいいのか。
そこに「私」が入り込むということは、端的に言えば、好みに合わないお客様の嗜好を「コーヒーの分からない人」と切り捨ててしまうことになるのではないか。

コーヒーの焙煎から、全身全霊で「私」を取り除くこと。
それが、ワキの精神をコーヒー焙煎で実現するということなのだろう。

「無私」の焙煎道か。
自分が歩いてきた道の果てし無さにちょっと目眩がした。

2014年9月14日日曜日

Crazy little things called “リクルート”

平成18年にリクルートを辞めて、大学時代を過ごした札幌でカフェを開いた。
札幌にいた懐かしい先輩や友人たちに再会して驚いたことは、リクルート時代の話をすると強い反発を受けることだった。
知人には学校の関係者が多いが、みな一様に「リクナビ」がもたらした(と彼らが考えている)学生を取り巻く環境の変化に否定的だった。

ところで僕は大学時代からリクルート在籍時までバンド活動を継続していた。
同じ部署にやはりバンドを熱心にやっている後輩がいて、彼と一緒にジョイントライブをやろうという話が持ち上がり、そのバンドでベースを弾いていた常見陽平くんと出会った。
後に評論家として著書を量産しはじめた彼も、リクルートOBでありながら「リクナビ」のありように疑問を呈していた。
彼の冷静な論旨に触れて、みんなが何に怒っていたのか少しわかったような気がした。

その常見陽平くんの最新刊が、「リクルートという幻想」

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外から見た「リクナビ」と僕が知っていた「リクナビ」とのギャップを埋めてくれた常見くんの定見を、もう見知らぬ会社になってしまった古巣リクルートに敷衍して語っている。
よくぞここまでと思う、膨大な量のリクルート関連の対外的なステートメントとリクルート社内向け文書を駆使して組み上げられた「今の」リクルートの姿を興味深く読んだ。


僕は、といえば平成元年に株式会社リクルートに入社したのだが、その前年の秋、千歳から東京での内定式に向かう飛行機に搭乗する時、同乗する人事担当者に「機内のNHKニュースを必ず見るように」と言われた。
アナウンサーは、リクルート事件の第一報を伝えていた。
それでも内定を返上しようとは思わなかった。
内定に至るまでにお会いしたたくさんのリクルートの人たちが、自分のすべての時間をつぎ込んでもかまないとばかりに仕事そのものに喜びを見出しているのを見て、僕もあんな風に輝いてみたいと思えたからだ。ワーク・ライフ・バランスなんて言葉はまだ世の中になかった。

実際に入社してみると先輩たちは、僕に本当にたくさんのものをくれた。
メディアや、星の数ほどあるリクルート本にはよく「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」という社訓が出てくるが、僕は、そのようないわゆる名文よりは身近な先輩が、自分の経験から発見した知見を聞くのが好きだった。

ある夜、銀座の小料理屋のカウンター席で、大恩ある先輩が教えてくれた。
お客様の「断りの言葉」は際限がないし、すべてが本音とも限らない。それでもその言葉を突破して企画を通すためには、そのすべてに反論し続けるしかなく、反論に成功したとしても「論破された」というお客様の心理がかえって良くない結果を生むことが多い。
それに対して「お客様自身の、こういう企画をやりたいんだという気持ち」はたったひとつだけ持ってもらえばいいのだし、副作用もない。だから「お客様自身の企画」を一緒に作っていくのが営業の仕事の本質だと。
もうこれ聞いた時は本当に感動した。

しかし、それは真理だなとは思ったものの、実際にやるのは簡単なことじゃない。
それで、その先輩と一緒にその営業哲学を現場で実践するプログラムを磨いて、いくつものお客様と刺激的なディスカッションをした。
その時の経験は、今でも僕の人生を支える最も重要な原則になっている。

そんな素敵な会社だったが、それでも時間の流れは残酷で、変わらずにいられるものはない。

僕の知るリクルートは、基本的に「終身雇用でない年功序列」の会社だった。
現場に大きな権限が委ねられるリクルートの営業スタイルでは、経験の“長さ”がそのままその人の力となったからだ。
しかしグローバリゼーション(本当に嫌な言葉だ)の中で、経営には変わりゆく世界への対応力を求められ、ゆえに経験に囚われることは柔軟で新しい判断の邪魔になるかのような論説が流布し、若手が管理職に就いていない会社はいかんぞ、と言われるようになった。
尊敬してやまない先輩たちは会社を去り、その背中を押した若手の管理職たちのやり方に事業の基盤を作った先人への敬意は感じられなかった。

でもそれでよかったんだと今は思っている。
常見くんの本の力を借りて、僕の中にもある「リクルートという幻想」を一旦横に置いてみると、新しく、力強い、世の中を変える力をもったサーヴィスが確かに生まれ始めていることに気付く。
そしてまた、そのサーヴィスの力が強いほど、「内」と「外」での感じ方の違いが生まれるのは仕方のないことだ。
結局のところ、誰にとっても正しいと思えることなんてないし、そういう意味ではどんなことも自分にとっての幻想なんだろう。
その幻想を正義として押し付けあわないことが、僕らに出来るせめてものことなんじゃないだろうか。

2014年8月8日金曜日

ブルーマウンテンというコーヒーのこと

ほぼ全面的にコーヒーの生豆(なままめ)をお世話してもらっている中堅の専門商社のプライスリストの「ブルーマウンテン」の欄は、今月分も「欠品中」であった。
もう数ヶ月も欠品が続いている。

カフェジリオではレギュラーの商品としてブルーマウンテンを扱ったことはない。
生豆の価格が飛び抜けて高く(他の扱い商品の約5倍もする!)、全種一律価格の原則が守れないからだ。

なぜ一律にしているのかについては、大事なことなのでもう一度書いておく。

コーヒーの味の中核は「苦味」にある。
苦味は本能的な味覚でいうと「毒」の分類。
だから、人の舌はこれを恐る恐る味わう。解るのに時間がかかる。理解に経験を必要とする味なのである。
そして、コーヒーの味の違いは育てられた「土」の違いである。
思い切って簡略化していうと、コーヒーの品種というのは「アラビカ種」の一種しかない。
苦味の中ににじみ出る風土の味の違いを嗅ぎ分けているのである。

苦味の中の範疇にある味には、歴史的にそれを表現する言葉を与えられてこなかった。
だから味ははっきりと違うが、その違いを言葉にするのは難しい。
そして、そういう異なりを楽しむのがコーヒーだと僕は思っている。

問題は、このような微妙な味の差を楽しもうとする時、プライスタグに書かれた価格が「優劣」に見えて、邪魔をするということだ。
僕はこれを排除したいのだ。
それで、基本的にすべてのコーヒーに同じ価格をつけている。
時折、この値段でこんなうまい豆が!というのを見つけると、期間限定品として特別価格でお出しすることもあるが。
今もペルーのチャンチャマイヨという豆を少し安価な値付で出している。


ブルーマウンテンに話を戻す。
そういうわけで、ブルーマウンテンを扱わない当店ではちっとも困らないのだが、営業の人がなぜブルーマウンテンが長期欠品中なのか教えてくれたので書いておこう。

ご存知のかたも多いと思うが、この高価なコーヒーを飲んでいるのは日本だけだった。
統計で見る限り、ジャマイカで生産したほぼ全量を日本で輸入して消費していたことになる。
2004年の輸入量は1600トン。
それが昨年は500トンまで落ちこんだ。
欧米市場での拡販に迫られ、ブルーマウンテンの収益性は壊滅的に悪化した。
収益の落ち込んだコーヒー農家は、施肥や農薬の使用を極端に減らした。
結果、天敵であるサビ病の発生と、ベリーボーラー(豆喰い虫)の大量発生を招き、最盛期2200トンあった収量は今年600トンまで落ち込む見通しだそうだ。

僕がブルーマウンテンを扱わないのは、その高価格のせいだが、味が抜群にいいことも知っている。
時々、生豆屋さんから1Kgだけ買って焼いてみるが、およそ歪みというものの感じられないパーフェクトなバランスのコーヒーである。
こういうすぐれた作物が、ひととき経済的に潤った日本のために大増産して、それが買い手の事情で買ってくれなくなれば、一度揃えた生産体制を維持するために商品の品質を犠牲にせざるを得なくなる。

ずいぶん前の話だがスターバックスがエチオピアのイルガチェフェを買い占めて、2年くらい日本に入ってこなくなったほどだったが、それも短期で終わったため、巨大な買い手を失ったイルガチェフェ村のコーヒー農家では離農者や麻薬栽培に転作する人がたくさん出たと聞いた。

先日書いたコピ・ルアックの話も同じ。

消費者は移り気なものだ。
生産者の事情まで勘案しながら買い物などできないし、美味しいものがあると聞けば、欲しくなるのが人情というものだ。
「幻」をまぼろしのままに、「知る人ぞ知る」ものを、知る人ぞ知るままにしておけないこの情報化の時代が、食のグローバリズムを加速していく。
人類をこの星の支配者にせしめた旺盛な好奇心の奔流に飲み込まれて、本当に美味しいものの多くが、ゆっくりと姿を消していくことになるだろう。
残念なことだ。

2014年8月5日火曜日

幻のコーヒー「コピ・ルアック」のこと

英国ガーディアン誌に、コピ・ルアックの生産の「協力者」であるジャコウネコの飼育環境が劣悪で、是正を求める動物愛護団体の記事が出ていた。

The civets are almost exclusively fed coffee berries, which they then excrete. This image was taken on a civet farm just outside Surabaya, Indonesia. Photograph: guardian.co.uk

コピ・ルアックは、インドネシアのコーヒーで、ジャコウネコがコーヒーの実を食べ、糞の中から消化されないコーヒーのパーチメント(豆を取り巻く繊維質)を取り出し、それを脱穀、精製して生産されるコーヒー豆である。
映画「かもめ食堂」でも紹介されていた。

元々は野生のジャコウネコの“落し物”の中から拾い集めたコーヒー豆を指していた言葉で、だからこその希少性があった。
コーヒーノキという種は、こうやって消化されない種子を他の動物に食べてもらうことによって、ニッチを拡げていくことを選択した種である。いわば、ジャコウネコはコーヒーノキの生存範囲を拡げるための重要なパートナーであったのだ。

では、人はなぜわざわざ動物の糞の中から拾い集めたコーヒーを飲むようになったのだろう。
それはもちろん味がいいからで、その味の優位性は、当時はもっぱらジャコウネコが良いコーヒー豆の実をより分けて食べることにあった。
現在でも我々焙煎士はコーヒー豆を選り分けてから焙煎する。ジャコウネコは我々よりも優れた選別眼を持っていて、良質の豆だけを選り分けて食べるグルメなヤツなのだ。

このコーヒーはいつか「幻のコーヒー」などと呼ばれるようになり、好事家たちが高値で買うようになった。
こんな絶好の商材を利にさといコーヒー業界が見逃すはずがない。
農家は、豆屋に指導され、コピ・ルアックを人工的に作るシステムを構築する。
かくてジャコウネコは家畜化され、かつては自分で食べる豆を選べたのに、今では農家が与えるどんな豆も食べなくてはならない。
そんなことより誇り高きグルメなジャコウネコが、かつてはコーヒーの種子を運んで行くコーヒーノキのパートナーだったのが、今度は人間をパートナーとして、上の写真のような狭いケージ(というようり監獄に見える)に押し込められて生涯を過ごす気分はどんなものだろう。

もちろん、すべての農家がこのような虐待を行っている訳ではないのだろう。
ある日本人起業家がインドネシアに渡って作ったコピ・ルアック用の農園は、日本の鶏の平飼いのような環境で、清潔で快適そうな環境でジャコウネコを飼っていた。
だとしても、現在のコピ・ルアックというコーヒーには、フォアグラや熊の胆嚢のような人間の欲望が生み出した「不自然」の匂いを感じざるを得ない。


一生かかっても食べきれないような美食の情報がデジタルの海を行き交い、「食べてみたい」の一心で、買い求めたり、出かけたりする。
食品の提供者は、欲望を煽る新しい方法を常に考え、それをいかに安価に大量に生産するかに心を砕く。

その影で、犠牲になるものがいる。
誰かの願いは、誰かへの呪いとなる。
どこかの魔法少女が言っていたとおりだ。


それにしても、ことコーヒーのことを話題にする時、英国ジャーナリズムは視点の大きな批判精神を持つ。

ウルグアイ・ラウンドの時に、アフリカの農産物に関する輸出条件の改善交渉を数多くの分科会に分割して、代表団の少ないアフリカ勢が十分に会議に参加できない状況を作り出したり、アフリカ側の言い分を「君たちには世界とか経済というものがよくわかっていないのだ」という一言で片付けたりしていたことを暴いたのも英国BBCだった。
この時のドキュメンタリー・フィルムはNHKでも放送されたし、後に「美味しいコーヒーの真実」という映画にもなったのでご覧になったかたもいらっしゃるだろう。

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また、「コーヒーの真実」という著書で、奴隷貿易や植民地政策が搾取の構造を作り、多国籍企業がそれを引き継いで、コーヒー豆の取引を媒介して世界の貧富格差を拡大している様子を活写したアントニー・ワイルドもイギリス人だった。

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この本を読めば、大元は、英国東インド会社のモカコーヒーの独占経営にあることがわかる。
自国の過去の過ちに自覚的な英国のジャーナリズムに学ぶべきことは多いように思う。


2014年7月20日日曜日

コーヒーエンジニアリングの時代と、アイスコーヒーの真理

今年2014年のコーヒー業界最大のニュースは、10月に予定されているブルーボトルコーヒーの日本進出だろう。
先月のWIREDで特集が組まれていた。

WIRED VOL.12 (GQ JAPAN.2014年7月号増刊)

コンデナスト・ジャパン (2014-06-10)

ブルーボトルコーヒーが世界から注目されている理由は、サンフランシスコの小さなカフェで、ひたすら焙煎の実験を繰り返し、美味しい珈琲を追求していたジェームス・フリーマンの作る珈琲が素晴らしいということはもちろんだが、それ以上に、ブライアン・ミーハンというマネージャーがアップルを始めとするテック系出身の大物投資家を口説いて出資させているというニュースバリューにある。

完璧主義者のジェームス・フリーマンは、どこかスティーブ・ジョブスを彷彿させるところがある。
珈琲がうまけりゃそれでいい、ではなく、ディテイルを研ぎ澄まして、店舗や道具選び、商品の佇まいなどをコントロールしている。
シスコの店内の様子を写真で見ているだけで、アップルストアから感じる特別なエクスペリエンスが、ここにもあると確信できる。

この特集の中で、ブルーボトルコーヒーの創業者ジェームズ・フリーマンが「なぜ市販のアイスコーヒーはこんなにまずいんだ、と思って自分でも試してみると納得行く理由がいくつも見つかった」と言っていた。

この記事ではその具体的な理由には言及していないが、思い当たるフシはある。
この季節、お客様からはアイスコーヒーに関する質問が多く寄せられるからだ。

お客様が自分でアイスコーヒーを作ってみて、うまくいかないポイントは概ね「充分冷たくならない」と「薄くなってしまう」ということに集約できるようだ。
で、この二つは、充分冷たくならないので氷を足す、そうすると薄くなる、ということだから 同じことを言っているわけだ。

ブルーボトルコーヒーでの、このアイスコーヒーへの回答は「冷水で18時間かけて抽出する」というあっけないほど正攻法の水出し珈琲(ダッチコーヒー)だった。
確かにひとつの正解であるし、パック詰めして販売するルートを持つブルーボトルコーヒーにとっての最適解でもあるのだろう。

しかし珈琲の旨味成分には湯によって抽出しなければ、溶解しない成分がある。
また、油脂分を熱によってエマルジョンすることによって味を活性化するのも珈琲の醍醐味である。
そしてこうした珈琲の味の<膨らみ>こそ経時劣化に晒されやすく、決して流通ルートに乗せられない、<調理>によって作られるべき部分なのである。

ではどうするか。
その回答もWIREDに書いてある。
(またしても!)アップルのエンジニア出身で、昨年パーフェクト・コーヒーという豆売業を起業したニール・デイが言う。
「グラインド(挽く)がコーヒーの味を一番左右するのに、挽くべきコーヒーの粒子の大きさを正確に計測する方法が未だに確立されていない」と。
ニール・デイは、熟練のロースターに挽いてもらった豆の挽目を画像解析技術で再現するシステムを開発して、この豆売り業をスタートアップした。
非常に示唆に富んだ話だと思う。

なにしろグラインドがコーヒーの味を一番左右する、というのはまったくもって真理である。
寄り道したくなる誘惑を振り払ってアイスコーヒーにこの真理を応用すると、氷を使えば薄くなってしまうのだから濃い味のコーヒーをあらかじめ作ればいい、ということになり、そして濃い味は、挽目を細かくすれば実現できるのである。

ここで問題は、よく家庭で使われている手回しミルでは充分な細かさに挽くのに時間と労力がかかりすぎるということだ。
機械式でも、スイッチを押している間カット刃が回り続けるタイプのものは、挽目を再現するのが難しい。
しかし安心してほしい。
ここは日本で、日本にはKalitaがあるのだ。

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このナイスカットミルという機械には、挽目を設定するダイアルがついている。これを一番細かい目「1」にセットしてスイッチを入れれば、いつでもアイスコーヒー用の粉が出来上がる。
この細かい挽目の粉20~25g程度(二人分)をペーパードリップにセットして、湯を注ぎ一人分の量のコーヒーを抽出すればいい。
それをすこし大きめのサーバー(4人用のものがいい)に氷を満たし、抽出した液を入れ、蓋をして零れないように振れば、アイスコーヒーの出来上がり。
氷を入れたグラスに注いで、あとは飲むだけ。

ついでに言うとミルのダイアルを「3.5」にセットすれば、いつだって最も適切なペーパードリップ用の粉が出来上がる。

ニール・デイの言っていることは本当で、ミルによって出来上がる粉の「揃い具合」がずいぶん違っていて、だからこそ、彼は画像解析技術なんかを使ってハイテクな粉砕をするわけだ。でも日本ではこのKalita社のナイスカットミルという手頃な価格のジャパンメイドの機械がその熟練の粉を作ってくれてしまう。家庭で充分作れてしまうのだ。

ニール・デイのパーフェクト・コーヒーでは、「世界中の家庭に挽いた粉を売る」というビジネス・モデルを実現するために、挽いてしまえば急速に酸化する粉を無酸素でパッキングするシステムを開発したそうだが、酸化しなくても、焙煎によって焼成したコーヒー豆の化学成分は6日間でその60%が失われる。 そして失われてしまわなければ炭酸ガスの発生は止まらず、無酸素のパッキングも出来ない。
残念ながらその方法ではいわばコーヒーとしては「死んだ」ものを流通させることになってしまう。
本来のコーヒーの味を引き出すもっとも重要なポイントは、「焙煎鮮度の高い豆を入手して、飲む直前に挽く」ということなのである。

修行時代に世界で最も定評のあるスイスのディッティング社の20万円以上もするミルを使わせてもらっていた。
確かにそのミルでなければ届かない味があるとは思うけど、だからこそ1万5千円ちょっとのKalitaがここまでの味を出すことが信じられないぐらい凄いことじゃないか、とかなり真剣に思っている。
コーヒーを入れるという行為を<調理>としてとらえた時に、メイド・イン・ジャパンのこの機械は欠くことのできない道具だと思う。

そういえば、ブルーボトルコーヒーは店舗ではペーパードリップで一杯ずつ落とすスタイルだが、フィルタはBONMACというKalitaのコピーを使っている。もちろん日本製だ。
ブルーボトルとともにサード・ウェイブの一翼を担う、サイトグラス・コーヒーでは、ハリオのV60の耐熱ガラスバージョンのものを使っている。


ハリオのV60は、コーノ式のドリッパーの生産を共同で行ったことから出てきた製品だが、この両者は日本の理詰めの道具作りのひとつの到達点と言えるだろう。
Kalita社のミルとあわせて、日本は、おそらく家で美味しい珈琲を飲むための環境に最も恵まれた国であるといえるのではないだろうか。

2014年7月18日金曜日

焙煎“道”では辿りつけない「苦さの限界」

先日、ビジネスとしてではなく、個人として珈琲の焙煎をやっている方とお話をする機会があった。
食に関する書籍や雑誌を多く出版されている会社で編集者として活躍されていた方だった。

お話を伺うと、最初に与えられた仕事が、当時全国にちらほら出来始めていた、ラーメンで言えば「家系」とでもいうべき個人経営の自家焙煎コーヒーの喫茶店を廻って取材をするというものだったそうだ。

その人の口から語られた、黎明期の、実に個性的な焙煎者たちの情熱や信念に大きな刺激を受けた。
それは煎じ詰めて言えば、「珈琲はどこまで苦くできるのか」という問い、のように僕には聞こえた。



珈琲の飲料としての発祥は、伝説レヴェル以上のことはよくわかっていないが、人類史にはイスラム教の秘薬として登場する。
一義的にはイスラム教の戒律のひとつ、「炭を食べてはならない」に反しているにもかかわらず、それを曲げてまで、霊薬として珍重されたことに、「苦さの限界」を追求する試みは由来しているように思う。
炭になってしまう一歩手前でこそ、この霊薬の薬効は最大化されると考えるのは、とても自然なことだ。
それほどまでに、追い込んで焼いた珈琲豆が醸し出す味の複雑さは魅力的なのである。


僕自身の話をすれば、修行時代、三人のお師匠さんについた。
お三方とも実に個性的な焙煎の方法論をお持ちで、共通する部分はほとんどなかった。
しかし煎り止めに関してだけは、「深煎り」とか「浅煎り」というものは無く、ただ最適な焙煎ポイントがあるのみ、という考え方で一致していた。

修行時代は関東、関西、東海の有名店の珈琲を飲んで廻ったが、一般に老舗の名店では非常に苦く、重たい質感の珈琲が出てきて、僕にはその味がちっとも魅力的には思えず、いつも胸焼け気味で帰った。
若い焙煎士が家業として開いた自家焙煎のお店の珈琲はどれもすっきりしたフルーティな肌合いの珈琲が多く、好感が持てた。
僕もそのような珈琲を焼き、淹れようと勉強し、練習し、準備をした。

それなのに、このカフェを開いて、3年、4年と焙煎士としてのキャリアを重ねていく中で僕の珈琲は徐々に苦くなっていったようだ。そしてそれを「上手くなった」のだと思っていたのだ。
だから、冒頭に書いたように、珈琲というものの宿業が「苦さの限界」を求めさせるという話には実に納得感があった。


でもその時のお客様の判断はそうではなかった。

お客様は普通わざわざ「苦くなってるよ」と教えてくれたりはしない。
ただ来なくなるだけだ。
ただでさえ、近所には東大阪の珈琲の神様の息子さんがやってるお店や、有機栽培の豆だけを炭火で焼くというキャリアの長い焙煎専門店がある場所なのだ。


ある日、出身高校が同じだということで親しくしてくださるようになった大先輩の常連さんに「最近、ちょっと苦味が強いようなんだけど、もうちょっと苦くないのある?」と言ってくださったのがきっかけで、全体的にすべての豆が苦くなりすぎているかもしれないと、自分でも思うようになった。
それで、他のお客様にも苦すぎないかお聞きするようにしたら、その会話の中で、札幌の喫茶店の珈琲は一般に苦味が強すぎると感じている人が僕の珈琲を買ってくれているのだということがわかった。

確かに、いくつか視察に行った札幌の有名店の珈琲はどれも黒々と油の出た豆をネルドリップで抽出する深煎り珈琲だった。で、それを苦手にしている人は意外にたくさんいて、そういう人は仕方がないので機械で珈琲を淹れるお店に行っている、というようなことがわかってきた。

でも、やはり機械抽出では本当に美味しい珈琲はできない。それでそういう人は、いつも珈琲の美味しいお店を探していて、それでカフェジリオの珈琲に出会って、 苦すぎなくて美味しいと認めてくださって、このわかりにくい不便な場所まで足を運んでくださっていたことがわかったのだ。


もちろん「苦さの限界」を自分の好みとして追求しているお客様もいらっしゃるだろう。
しかし、その手の珈琲はわりとどこでも手に入るのが札幌という街だとすれば、珈琲を焼いている僕自身が美味しいと思う、寸止めの苦さで身を立てていくのが筋というものだ。
そのように思い直して、焙煎度の調整を行って、今の珈琲の味に落ち着いている。


と、いうような話をしたわけではないのだが、冒頭の方に僕の珈琲を飲んでいただいた時、「商売としてそういうことはできないと思うから、あくまでも焙煎士個人として、一度苦さの限界を引き出す長時間焙煎を追求してみたほうがいいですよ」と言われた。

珈琲を一口飲んだだけで、言っていないことまでいろいろ見ぬかれてしまった気がして驚いたのだが、真に驚くべきはそれに続いて披露してくださった長時間焙煎のいくつかのノウハウで、僕に焙煎を教えた先生方が聞けば、きっと眉を顰めるに違いない。
しかし、だからこその「苦さの限界」なのだろうとも思う。

コーヒー好きが転じてコーヒー屋になってしまったのではない、僕のような焙煎士は、どうしたって成長するためにリクツが必要で、それを突き詰めていくと「ねばならない」の集合体である「道(どう)」になっていく。
焙煎“道”では辿りつけない境地ということか。

その日から、そのことばかり考えていたが、ふと、長時間焙煎に関係するいくつかのポイントが、品質が大きく変化していて今一番悩ましいマンデリン豆の焙煎に応用できそうだ、と気付いて今朝試してみた。
ダンパーの操作を少し極端に行うことと、最終煎り上がり直前の火力を思い切って早く下げていくのだが、思った以上に効果があり、仕上がりの焙煎度は高くなるのに、トゲトゲしかった飲みくちが少し丸くなってくれた。
ロブスタとの自然交雑が原因と思われる香味はいかんともし難いが、全体的な重たさがずいぶん改善されたと思う。

焙煎をはじめて8年。
まだまだ駆け出しである。
だからこそオモシロイ、と思う。

2014年6月25日水曜日

図書室「未完成」: 奥泉光「東京自叙伝」

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2014年6月18日水曜日

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2014年5月19日月曜日

ドラッグと禁酒法とロックンロール

イアン・デューリーがSex & Drugs & Rock'n'Rollと歌って、それがロックな生き方なんだ、とされた時代から、もう30年以上が経った。


ジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリン、トミー・ボーリン、ポール・コゾフ、シド・ビシャス。
麻薬の過剰摂取(オーヴァードース)で死んだ音楽家たちだ。

反面、70年代に花開いたサイケデリック・ロックは、意識の拡張剤としてのドラッグが作った極彩色の文化であり、ビートルズのサージェント・ペパーズを筆頭に、ロック史に名を残す名盤が山ほど残されている。
しかし、そのような不自然な文化は長くは続かない。
イーグルスの残した名曲中の名曲、Hotel Californiaの出だしにある、「Warm smell of colitas」のcolitasこそがマリファナの隠語で、マリファナの煙の甘い香りの時代が終わっていく様子を彼らは描いたのである。

そして、生き残った者たちの多くは麻薬の軛を逃れ、演奏活動を続けている。
反動が出て、健康志向のロックミュージシャンが増えた風潮を、Bike & Vitamin & Rock'n'Rollなんて言ったりしてる。


日本の話しをすれば、戦時中は「ヒロポン」なんていう合法の覚醒剤が兵士に配られ、戦意高揚や疲労回復に使われた。

戦後はもちろん違法となったが、違法になったからといって簡単に根絶できるものではない。現在は、より多様な覚醒剤が裏世界に出回って、多くの芸能人が検挙されている。
そして今回は、チャゲ&ASKAのASKAが逮捕された。

こういうニュースを聞くと、裏世界の存在が実感される。
自分ごときの行動力では覚醒剤を入手するための方法すら発見できない。裏世界との接点がないからだ。
芸能界と裏世界というのはふとしたことで繋がってしまうほどの距離にあるのかもしれない。

裏世界は法治国家の規制に巣食う寄生虫である。
禁制品は、それを欲するものにカネを出させる絶好の餌となるからだ。

禁酒法時代のアメリカがどうなったかを知れば、この構造は明らかだ。
島田荘司先生の「摩天楼の怪人」でのまとめが秀逸なので、抜粋して若干補足も加え、ここに引用する。


摩天楼の怪人 (創元推理文庫)
島田 荘司
東京創元社
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・・・
1910年代、ニューヨークの株への投機熱は過度にヒートアップしていた。
現在の中国やBRICsのように「世界の(いや当時は欧州の、か)工場」として機能したアメリカは、その時期どの企業の業績も大きく伸びていたからだ。
街には高等遊民があふれ、皮肉なことに彼らの富を作り出していた労働人口は年を追うごとに減っていった。
ニューヨーカーは世界の王となり、農村の貧困を尻目に、欲しいものは全て手に入れた。

そして1914年、欧州は大きな戦火への火蓋を切った。
アメリカも17年4月にドイツに宣戦布告、大戦に参加した。国中から男たちがいなくなり、ニューヨークにはますます労働人口が不足して、州政府はセントラルパークの北に大々的な居住施設群を用意して、南部から大量の黒人労働力を誘致した。

さらに1919年、信心深い婦人たちによって、男たちが戦争で国を留守にしている間に「禁酒法」がルーズヴェルトの拒否権発動にもかかわらず、議会を通過した。
ギャングたちは密造酒製造工場を各地に造り、(あのギャツビーのように)軒並み億万長者になった。彼らは、農村で食い詰めていた人たちをこの非合法の工場に吸収し、おびただしい数の犯罪者予備軍とした。
そして粗悪酒の大量摂取はおびただしい廃人を作り出した。
ギャングは豊富な資金力で一国の軍隊並みの兵器と機動力を得て、多くの警官を殺した。

そして29年、金融大恐慌が起こる。
幻想の価格は無に帰し、恐慌の業火はウォール街を発し世界中を焼きつくした。

世界の王だったニューヨーカーの多くが無一文となり、路上に放り出された。失意と悪酒に沈んだ彼らは高層ビルの乱立で陽光を失った冷たい路上で凍死した。
そしてそこはギャングの王国となった。
・・・

これは人類史に残る悲劇のひとつだと思うが、まるで他人事でない気もする。
集団的自衛権行使への解釈改憲で、大きくなってくる戦争の足音。
非正規雇用の増大と格差。
TPPで懸念される農村の弱体化。

今の日本に起こりそうなことと、禁酒法時代のアメリカは奇妙なほど符号することが多い。
ASKAの逮捕もまた、その先触れのひとつなのだろうか。
そうでないことを心から願う。

2014年4月29日火曜日

だからマーロウはかっこいい

NHKでやっているドラマ「ロング・グッドバイ」いいですね。
ロバート・アルトマンが撮った映画版もよかったけど、何よりも、換骨奪胎に<意識的>な脚本が本当に素晴らしい。

もちろんマーロウを自分なりに噛み砕いて表現したアルトマン映画主演のエリオット・グールドの演技は、それ自体がかっこよくて素晴らしかったわけだけど、アメリカ人がマーロウ名で演技しているわけだから、猫なんか可愛がらせたぐらいでは所詮変奏曲の域を出ない。

その点、NHKドラマの場合は、どうしたって日本に持ってきた時点で、もうだってマーロウだもんと言い張るわけにはいかないから、その探偵の奇異な行動規範に一定の説明が要る。
ことに本作の場合、テリーとマーロウなら「なぜか気が合う」で済むわけだが、増沢と原田の場合、そうはいかない。
だから脚本はここを丁寧に描写し、結果テリー(原田)の人物像はもしかしたら原作以上に深まったかもしれない。

チャンドラーの描いたマーロウってのは、あくまでも当時の西海岸のスポイルされた空気の中で成立した、いわば<浮世離れした>人物像だったから、翻訳が村上春樹になっただけで人格が変わってしまうような繊細さがあった。
それゆえに、原作と映画の180度違うラストが成立したとも言える。ではNHK版のラストはどうなるか。嫌が上にも期待が高まる。

そんな素晴らしい脚本にも、珈琲屋としてはちょっと残念なところがあった。
マーロウはコーヒーを愛している。
だから、敵が事務所に踏み込んできて銃を向けていても、「コーヒーを飲むか?」と訊く。そしておもむろに豆を挽く。
で、我らが浅野マーロウもコーヒーを挽き、サイフォンで淹れる。

ところが、浅野マーロウがコーヒーにこだわりのある男だと示すファースト・シーンでの淹れ方がおかしい。
最初に湯を沸かすフラスコに珈琲の粉を入れてしまっている。これではトルココーヒーだ。もちろん演出上のわかりやすさから作られたシーンなのだろう。
せっかくだから、このシーンを補うため、サイフォンでの珈琲抽出をこのページで再現しておこう。


まずフラスコに水をいれます。この時、絶対にフラスコの外側が水で濡れていないことを確認して下さい。水滴なんかがついていると加熱した時フラスコが割れます。これ、実はサイフォンを使う時一番重要なことです。


次に上部にセットする漏斗に珈琲の粉を入れます。このKONOの器具はネルの代わりに扱いやすいペーパーを使っていますので挽目はドリップと同じ中細でいいのです。問題は量です。サイフォンは浸漬法で、抽出に使った液はすべてカップに出ますから、粉は少なめにしないといけない。一人分7gくらいでいいです。



これが、ペーパー仕様のフィルターです。ネルは使用後、水につけて冷蔵庫で保存しなくてはなりません。生活の中で現実的に使うにはペーパー式がいいと思います。


さてやっとアルコールランプに着火。ポコポコと底から泡が出てきたら漏斗を挿してください。


挿すとすぐに湯が上に上がってきてコーヒーの粉を浸し始めます。湯がコーヒー層の真ん中を割って山が崩れたら・・


このように竹べらを「縦に」入れて混ぜます。
その時間40秒。
混ぜることと、その時間が正確に40秒であることが、二番目に大切なポイントです。


40秒たって、アルコールランプの火を消すと、抽出された液がフラスコに落ちてきます。
その時、良質の豆を使って適切な時間抽出された液には、このような金色の泡がたっているはずです。


漏斗を抜いて完成です。
タオルでフラスコをしっかり押さえて、漏斗を前後に揺らして外してください。


ね、えらく手間のかかるやり方でしょう。
銃をつきつけられてできるこっちゃないですよ。
だから、やっぱりマーロウはかっこいいんですよね。

2014年4月8日火曜日

本屋さんが一番売りたい本と、僕が買いたい本

エリアフリー化を果たしたradikoが面白くていろんなエリアのFM局をはしごするのが最近の夜の楽しみだが、昨夜はTOKYO FMを聴いていた。

「タイムライン」という番組で、作家の海堂尊さんが、本屋大賞のキャッチコピーが気に入らないと言っていた。
「本屋さんが、一番売りたい本」なんて正面切って言われると、他の本は売りたくないのか、と思い、その無神経なコピーに不愉快な気分になると。

もちろん、一番売りたいのがこれだ、と言ったからといって他のものを売りたくないということにはならない。
ならないけど、「大賞」と言ってるからには本(と同時にその作者)を表彰するわけだから、本屋さんが「売りたい」ほど好きだ、または良書だということなんだろう。
何かを好きだっていう気持ちの程度を修辞するのに「売りたい」なんて言葉を、しかも本を売るのが生業の人たちが言っちゃうっていうのはちょっと身も蓋もなさすぎるんじゃないの、とは僕も思う。

なんでラジオでこんな話題なのかなあ、と思ったら今日が今年の本屋大賞の発表日だったようだ。(「のぼうの城」の和田竜さんが書かれた「村上海賊の娘」が受賞したそうです)

僕は、かねてから本屋大賞の本のセレクトと作家の偏りについては違和感のようなものを感じることが多かった。
それでもノミネート10作品のうち毎年2〜3冊くらいは読んでいたし、とてもいい作品もあった。で、年を追うごとに、いいと思う作品が下位になっていって、ついに今年のノミネート作品リストには一冊も読了本が入らなかった。


本屋大賞は「書店員が選ぶ」と銘打たれている。
だから僕はてっきり、本好きが嵩じて書店員にまでなってしまったマニアな読書家が、そのとっつきにくさから隠れた名作に甘んじている逸品を、読解のヒントとともにご紹介してくれる賞なんだと思っていた。

帯につられて買った2011年の大賞受賞作「謎解きはディナーのあとで」を読んで、自分の解釈が決定的に間違っていたことを知った。
こっちか、と。

つまり本屋大賞というのは、これならどんな人でも間違いなく楽しめますよ、という大衆性の高い作品を紹介して、減り続ける読書人の間口を広げるためのイベントなのだろう。
もちろん多くの人にアピールしうる作品を書くのは簡単なことではない。
それは賞賛すべき才能だ。

だからそれはそれで素晴らしいことだと思う。
ましてや大学生の4割以上がまったく読書をしないという時代だ。このような活動には重要な意味があると思う。

それに書店の経営は難しい、と聞く。
大学生の頃、近所の小さな書店の店主は、雑誌と赤川次郎の売上で他の本の仕入れをするんだと言って、笑っていた。
その店主は、店のサイズに不釣り合いなほど徳間文庫のコーナーを広くとっていて、おかげでその頃の徳間文庫が積極的に収蔵していた日本SFの傑作群に出会うことができたのだ。

そのような店に、当時の赤川次郎のようなキラーコンテンツの供給が止まったらどうなるだろう。
たちまち商売は立ちいかなくなり、僕たちは本と出会う場所を失うことになる。

だから書店の収益性を担保する、話題の新刊を本屋さん自らが作っていくムーブメントを否定することはできないと思う。


しかし、問題もある。そのような活動も行き過ぎれば、結果的に愛書家を書店から遠ざけることになるという点だ。

以前は本屋で、本に「呼ばれる」としかいいようのない経験をよくした。
平台に並んだその本から目が離せない。
めくってみる前から面白いことを確信している。
自分に読まれるべく、そこで待っていた本。
実際、そのようにして出会った本は、生涯忘れられない印象を今も残している。

同じような経験のある人はたくさんいるのではないだろうか。
しかし、本が心に呼びかける声はあまりにも小さく、デリケートだ。

一方、ナントカ賞受賞という勲章はピカピカ光って目に眩しい。
大声で、僕を買ってよ、と叫んでいる。

だから最近、書店では何かの賞を受賞したか、映画の原作になったような本しか目に入らない。
そのような硬直した平台をみるたび、本屋さんが一番売りたい本は、僕が一番買いたい本ではなくなったんだな、と寂しい気分になったりする。

反面、オンラインの書店では「知っている本しか買えない」という弱点を完全に克服して、読書傾向から的確な本をリコメンドできるようなシステムを備えている。
リアル書店のように「本の声を聴く」というようなミラクルはもちろん望めないが、強力な検索機能と圧倒的な在庫量は、我々愛書家の新しい福音になりつつある。


本をたくさん買うのは、ベストセラーだけを買う人ではなく、愛書家である。
実用書の類には目もくれず、魅力的な小説を漁り続ける愛書家たちには「本屋大賞」にリストされる作品は少し物足りないことが多い。
だからそれが「一番売りたい本である」と公言する場所に足を運ぶ機会が少なくなることはある程度やむを得ないような気もする。

もはや愛書家のオンライン書店への流れと、その先にある電子書籍のメインストリーム化は止められないのかもしれない。
書店に本の素晴らしさを教わってきた世代としては寂しいかぎりだが、これも時代の変化ということなのだろう。

2014年4月4日金曜日

流動の日々の中に、僕は昔日を固定できる余白を失いたくない

北海道新聞で、金曜朝刊に掲載される「各自核論」というコラムをいつも読んでいる。
今朝の「各自核論」には、ITプロデュース集団「リナックスカフェ」を経営する平川克美さんが不定期に連載している「路地裏の資本主義」の第8回が掲載されていた。

「経済成長の病」という著書を持つ平川さんの論説はいつも地に足がついていて、読む者の心に不要な波風を立てない。その平川さんの喫茶店観に深く頷きながら読む。
平川さんは言う。
喫茶店は、どんな経済性もどんな生産性も期待できない場所である。それでもそこはわたしにとっては町の大学だった。

僕の経営するカフェジリオでのお客様の平均的な滞在時間は二時間くらいだと思う。

店舗には、雑誌はあまり置かず、詩集や絵本、酵母や発酵食の本、文化や色彩に関する書籍などを置いているが、これらの本に読み耽る人たちがいる。
ある人は持ち込んだ楽譜に熱心に何ごとか書き込んでいる。
町内会の会合や、PTA行事の下打ち合わせをしている人たちもいる。

かかるのはコーヒー代とケーキ代だけ。
どんなにたくさん本を読んでも、長時間の議論をしてもそれは変わらない。
生産性はともかく、<経済性>とは確かに無縁だ。
そして僕の知っている<大学>という場所によく似ている。

この店を設計していた頃、ダイヤ冷ケースという冷蔵ショーケースの会社の社長さんとお会いした。店の図面を見て、顔をしかめた彼は「こんな席数では収益性が悪すぎます。それにこのカウンター。カウンターは時代遅れですよ。そこに座ったお客さんがお店の生産性を削るのです」と言った。

そういう時代なんだとは思う。
平川さんも、町の喫茶店が消えていく理由に、現代人のライフスタイルの変化を挙げて、こう言っている。

喫茶店での無為の時間とは、本を読んだり、書き物をしたり、議論を戦わせる時間であり、文化が育まれる場所でもあった。<中略>ひとびとは駅前で朝のコーヒーを飲んで仕事に向かい、バリバリと稼ぎを増やすことに熱中し始めた。気がつけば日本は、世界で最も流動性の高い経済国家になっていたわけである。

喫茶店自身の側もこの生産性至上主義に乗っかって、文化の担い手であることを放棄して、建物を壊して駐車場にしたりしたんだろう。
喫茶店がなくなっていくのも仕方のない成り行きだ。


僕が大学に通っていた1985年から88年の間、もちろん携帯電話はなかったけど、友だちを探すのに困ることはなかった。ある人はサークルのたまり場になっていた大学生協のロビーで、ある人は大学近くの喫茶店で、またはバイト先を覗けばだいたい会うことができた。

居場所があるってそういうことだと思う。

今や大学生も忙しい時代になった。
資格を取ったり、英語の検定を受けたり、長期間にわたる就職活動にも従事しなくてはならない。
本を読んだりコーヒーを飲んだりする時間がなくても仕方がないのかもしれない。


以前勤めていた会社で、今も頑張っている仲間たちも本当に忙しそうにしている。
あちこちの拠点を回って何年も単身赴任している友だちもいる。
出張で北海道に来ても今どきは日帰りなんだそうだ。

それでもみんな近くにくれば立ち寄ってくれる。
これがお前の作ったコーヒーか、と言って目を細めて飲んでくれるのを見ていると、本当にこの店を開いてよかったと思う。

流動の日々の中に、昔日を固定できる余白。
それが喫茶店という<場>の役割だと思う。
<無為>の意味を体現できる数少ない場所を、社会が失ってしまわないように頑張っていきたい。

それにまだこの店をやめるわけにはいかないのだ。

高校時代、文化祭の浮かれた空気の中、僕が持ち込んだグレコのエレキギターを使ってクロスロードを弾いてくれた男がいた。
山田という男だ。
ベースが本職の山田が弾いたクロスロードは本当にカッコ良かった。

彼とは大学でも同じ軽音楽系のサークルに所属していた。
ずっと友だちなんだと思っていたのに、就職で東京と北海道に離れて、転居を繰り返すうちにお互い連絡がとれなくなってしまった。

先日クラス会があったが、担任の先生も山田の行方はわからない、と教えてくれた。
サークルの友人に会うと、山田の消息を尋ねるが、誰も彼の行方をしらなかった。

この店を開いたことで、ずいぶん多くの音信不通の友人たちとも再会を果たすことができた。
だからいつか、あのドアからふらりと山田が入ってきて、よう、久しぶり、と言う日が来るのを僕は確信している。
その日のためにコーヒーの腕を精一杯磨いておこうと思う。

2014年3月29日土曜日

全国学力テストの総括が「早寝、早起き」だった件

全国の小学六年生と中学三年生を対象に行われている「全国学力テスト」に、13年度は保護者と教育委員会を対象にした追加調査を行っている。
その結果がまとまったと新聞に出ていた。

見出しには、「親の収入・学歴、成績と関係」と打たれていた。
「小6国語A」では、(保護者の)収入・学歴が最も低いグループで、平日の学習時間が「3時間以上」という子どもの正答率が59%で、最も高いグループで、「全くしない」と答えた子どもの正答率の方が61%と上回る結果も出ている。
教育問題に関心の深い方なら同種の調査結果を何度もご覧になっているだろう。
ここまでは想定通りということだ。

今回の調査は、その家庭環境と成績の因果関係を「生徒の生活習慣」に起因するのではないかと仮定して設計されているようだ。
(保護者の)収入・学歴が最も低いグループでも、毎日の朝食や起床・就寝時間、テレビを見る時間に注意を払う家庭の子どもは、成績の上位1/4に入った、としている。

調査研究を担当したお茶の水女子大の耳塚副学長は、
「学力格差の源は雇用問題などにあるが、生活規律の指導など教育現場でも何らかの施策が必要だ」
と総括した。


この国の“識者”は本当に現場を識らない。
生活規律の指導を学校でやっていないとでも思っているのだろうか。今回の調査はむしろそんなことが無意味だったと証明しているようにさえ思える。

地下鉄に乗るとき、いつも「ご乗車になりましたら入口付近に立ち止まらず、奥まで順にお繰り合わせ下さい」というアナウンスが聞こえる。
でもその声に従う人はほとんどいない。
母親も先生も。
正論であるというだけでは、人の心には届かない。
夜遅くまでの塾通い。
帰ってきたら、早く寝ろ。早く起きてメシを食え、という生活から学ぶ意欲なんて生まれるだろうか。
高学歴グループの家庭で勉強しなくても国語の点が高いのは、家庭で、例えば朝のニュースや新聞の情報を素材に、血の通った言葉が交わされるのを聞いているからではないのか。
教科書の言葉と社会を結びつける術を学んだ子どもは、学ぶことの面白さを識る。
この調査の数字に意味を見出すとすればそういうことなのではないか。


それなのにきっと、初等・中等教育のプログラムに発達心理の有り様にそぐわない道徳教育や、生活チェック的な家庭訪問が追加されたりして、ますます教員の時間を奪うかもしれない。
そして授業は血の通わないプログラムの“読み上げ”になり、学ぶ意欲は再び失われる。
子どもたちに必要なのは、どこまでいっても「知りたい」と思う心だ。
そこからすべてが始まる。
「教え方」そのものの問題から目を背けるべきでないと思う。


しかし耳塚先生もいいことをおっしゃっている。
「学力格差の源は雇用問題などにある」と。

ではなぜその根源の問題に解決のリソースを集中しないのか。


皆が忌み嫌う偏差値や、文章を書かせない知識型の試験は、人間を階級から解き放つ装置でもあった。
どんなに貧乏でどんなに無階級の人間でも、点数さえ取れば、官僚にもなれるし博士にも大臣にもなれるというのが<学歴社会>のひとつの側面ではあったのだ。

異論はあるだろうが、日本の高度成長が達成された理由として、日本の企業や官僚機構に、<学歴社会>の普遍化によって階級に関係なく人材が登用されたことは無関係でないと思う。
異質を飲み込む強靭な組織力が価値のある仕事を生むことは、僕のありふれた社会人経験からもなんとなく想像がつく。
日本の“総力”が結集されたことは、<学歴社会>の達成のひとつであったと言えるだろう。

このように雇用の問題と教育の問題は根深いところで繋がっている。

そして時代は変わった。
雇用の形態も、教育に求められるものも変わっているのかもしれない。
だからこそ、せっかくの調査を、教育の世界だけで議論して「早寝早起き」のせいなんかにせずに、労働問題の識者とも充分議論をして、<社会>の明日を考える契機にしていただきたいと思う。

2014年3月24日月曜日

書評:昭和史裁判

半藤一利さんと加藤陽子先生による歴史討論「昭和史裁判」をこれからお読みになられる方がいらっしゃったら、ぜひ「あとがき」から読んでいただきたい。

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この「あとがき」にある加藤先生の告白には胸を打たれる。
加藤先生といえば、「それでも日本人は戦争を選んだ」で小林秀雄賞を獲られた気鋭の研究者である。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ
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その加藤先生が、文春新書「あの戦争になぜ負けたのか」のために開かれた、半藤一利、中西輝政、福田和也、保阪正康、戸髙一成の五氏との座談会に臨んで、自分の発言の精彩のなさ、史料的裏付けの不十分さに恥じた、と書いていらっしゃるのだ。

「いつも学生に歴史学は床屋政談とは違うのです、と言っていた自分が情けなかった」という言葉ににじむ真摯な悔しさが、学者魂を感じさせる。


あの戦争になぜ負けたのか (文春新書)
半藤 一利 中西 輝政 福田 和也 保阪 正康 戸高 一成 加藤 陽子
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その捲土重来への想いが、この半藤一利氏との長時間の対談企画を呼び寄せたのだろう。


さてその加藤先生の覚悟を胸に本編を読み始めれば、歴史探偵を名乗る半藤一利氏のいつもの名調子にまったく見劣りしない、加藤先生の立板に水の、知識、知見の奔流に押し流されそうになる。

論が「太い」のだ。
多くの史料に裏打ちされているだけでなく、人間性というものへの冷静な目配りを忘れない透徹な視点が、実在性のある歴史として像を結んでいる。

ひとつの国が戦争に進んでいく中で、多くの人の思惑や、誤解やすれ違いがあった。
意図的に隠された情報も。
悪意に発したものも、そうでないものもあった。

それが引き起こした長く悲惨な戦争のことを思えば、失策に結びついた判断には辛い点を付けたくなる。
そこに人の気持を慮り、「情状酌量」を見出していく、さながら腕利きの弁護士のような鮮やかな加藤先生の手並みが本書の読みどころである。


「正しい歴史」などというものは無い。
歴史<的>な事実というものがあるとして、その事実も「観察者」の言葉によって語られた時に、初めて「歴史」となる。

とすれば、例えばここで加藤先生と半藤氏がひとつの歴史的事実に対して、異なる視点から解釈を加えている総体としての「議論」も、それそのものが「二人の観察者」によって語られた「ひとつの」歴史であるといえるだろう。
本編を読んでいただければわかるが、二人は議論のさなか、逡巡することを躊躇わない。
そんなに簡単に「人間」のことはわからないよ、と言われているように感じた。

だからこそ、すでに終わっていることを研究しているはずの「歴史学」にも終わりはなく、それは永遠に学び続けられる。
そこに「何のために?」という問いは不要だ。
それは何のために生きているのかを問うのと同じくらい不毛な問いだと思う。
生まれてきたから生きているんだ。
心があるから学んでいるんだよ。


僕はふと、加藤先生と教室を共にできる東大大学院の学生の皆さんがとてもうらやましくなった。
学び続けている者から学べる、というのはどんな気分だろうか。

2014年3月20日木曜日

カフェジリオ、7周年を迎えました。

2007年3月20日に、札幌の宮の森という住宅地の路地にこのカフェジリオを開店してちょうど7年が経ちました。
本当にあっという間の7年間でした。


自分の中に喫茶店という将来像が浮かんだのは、やはり喫茶店でのことでした。
高校生の時、剣道部の練習帰りに「鉄舟」という喫茶店によく立ち寄っていました。
僕はタバコもやらなかったし、アーケードゲーム(当時はもうインベーダーが終わってギャラガとかが流行っていました)も人のプレイを見ているだけ。
友人たちのちょっとした「武勇伝」を聞いて笑っているだけでした。

そんな僕に苛立っていたのかもしれないな。
お店のお姉さんが、ある日たまたまカウンターに座った僕に「あんたタバコも吸わないの。やー、なんか乳臭いねー」と言ったのです。

言い返す言葉もなく、曖昧に笑った僕の心の中では、「大人になる場所」としての喫茶店の存在が強く刻み込まれていきました。
そしてその強い印象は、「大人になった自分は、一体何をする人になるのだろう」という、誰でもその年頃に考えるテーマに、自然に結びついていき、しかし、何も知らない子どもだった僕は、「乳臭い」自分から脱却したいという気持ちを、ネクタイ絞めて、七三に分けた真面目サラリーマンみたいなものにはならないぞ、というまるで見当違いのイメージに結びつけてしまったのです。


その後、大学に進学した僕は、フォークソング研究会というサークルに入って音楽三昧の日々を過ごすのですが、音楽で生きていくってのもいいなあ、なんてこれまた甘い幻想を抱く世間知らずの僕の前に、当時サークルに在籍しておられた松崎真人さんという、在学中にプロデビューしたシンガーソングライターが現れるのです。

サークルのオーディションや演奏会で時折松崎さんの歌を聴く機会があるのですが、なんかもう全身から放ってるものが全然違うんですね。
練習してなんとかなるような、そういう部分じゃないところに大きな違いがあるのがどうしようもなく感じ取れてしまうんです。
少なくとも自分の中にそういうものはない。
ああ、音楽で生きていくってこういうことなのか、と自分自身の甘さのようなものをやっと10代の終わりにして実感しました。


そのサークルの部長を僕は務めたのですが、先代の部長が就職していたリクルートという会社を僕も選んで社会人になりました。
入社前に北海道支社でアルバイトをさせてもらったのですが、その時広告制作セクションのチーフが、ある広告を見せてくれました。
札幌コンピュータ専門学校(現札幌情報未来専門学校)の募集広告で、大きな筆文字で「とりあえずコンピュータ、なら大学へ行ってください」(広告は手元になく、うろ覚えです。すみません)という挑発的なキャッチが書かれていました。

僕はその広告を見て、予備校時代に知り合った札幌コンピュータ専門学校の友だちのことを思い出しました。親に専門学校進学を反対されて学費を出してもらえなかったので、新聞配達などのバイトをしながら学校に通っていた彼は、疲労困憊に見えました。
どうしてそこまでして、と聞いた僕に彼は「いや、コンピュータで生きていくことにもう決めたからしかたないんだ」と言ったのです。

その時感じた、自分の進む道を決めた者の覚悟のようなものが、広告からも感じ取れました。(この仕事は面白そうだぞ)と思い、学校広報の部署への配属を希望しました。


4月に入社して、幸いにも希望通りの部署に配属されました。
新人研修が終わって本配属になった新宿のオフィスに行くと、同期入社で同じ北海道出身の女の子が同じ課の配属だとわかりました。
何気なく、「なんでリクルート選んだの」と聞くと、子供の頃からお菓子職人になりたかったけど、家が農家で学費を出してもらえなかったから、お給料いい会社に入って資金を作って製菓学校行こうと思ったの、と言う。

ここにもまた自分の道を決めて進んでいる人がいた、と思いました。
すでにお察しのことと思いますが、彼女が現在のカフェジリオのパティシエであり、僕の家内になる人です。
僕は彼女と話しているうち、高校生の時に抱いた「喫茶店」という未来を思い出し、そここそが自分が何者かになる場所とイメージしていたことに思い至って、僕自身も何者かにならなければ、と強く思うようになりました。
そして、彼女は予定通り4年でその会社を辞め、学校に行き、お店に入り、ドイツでの修行も経て、開業の準備を進めました。
僕はその会社で18年、いろんな経験を積ませてもらいながら資金を用意しました。

そして僕らは7年前に、彼女のはっきりした直進性をもった夢に、僕の未熟な思いから生まれた夢ともいえないイメージを仮託して、カフェジリオというカタチを作ったのです。
おかげさまで、想像もしていなかったほど順調で楽しい7年間でした。感謝の気持ちはとても言葉にはなりませんが、美味しいケーキとコーヒーを作る続けることが何よりのご恩返しと心得て、今日から8年目の営業に入ります。
変わらぬご愛顧をお願い申し上げます。

2014年3月18日火曜日

堀江貴文さんの知らない、大学に行く意味

堀江貴文さんがお書きになった「ホント、日本の大学の学部行ってる学生は今すぐ辞めたほうがいいと思うよ。。。」というブログ記事を読んでひどく悲しい気分になった。

それがどんな大学であっても、それぞれに入学した一人ひとりの大学生にとって意味のある選択だったのではないのだろうか。
少なくとも、辞めたほうがいいと言われる筋合いのものではないと思う。


僕自身は、1985年に長年住んだ釧路を離れて、北海道大学に進学し、札幌に出てきた。
はじめて親元を離れての一人暮らし。
日本中から集まってきたオモロイ同級生たちとの日々。
半分大人だけど半分子どもの都合の良い身分で、バンドをやったり、古本を買いあさって読んだり、学習塾や貸しレコード屋や引越し屋なんかでバイトをした。

それは自由な生活なんだと思っていた。
大学にもクラス担任がいて、大学生になったんだからこの本を読め、とエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」を勧められて図書館で読んでみた。

はっきりとはわからなかったけど、どうも今自分が楽しんでるこれが本当の自由っていうのとは違うんじゃないかとは感じた。

哲学科に進んではみたが、今学んでるこれが一体何の役に立つのか、その時にはわからなかった。
でも社会に出て、いろんな困難に出会うたびに、それを言語化して解決するためのヒントは大学時代に学んだことの中にあった。


昔より、はるかに多くの人が大学に行けるようになって、彼らはそれぞれに人と出会い、本に出会い、音楽に出会い、映画に出会い、今より豊かな日本を作り出してくれる。
僕はそう信じたい。


その意味では、堀江貴文さんの発言を伝えたJ-CASTのニュース「東大と慶應のブランド価値は天と地の差」 ホリエモンツイートがまたまた物議醸すにも気になる表現がある。

冒頭の、

日本には今、782校(2013年5月1日現在)もの大学がある。多くの人が高等教育を受ける機会に恵まれているが、「多すぎて学生の質の低下につながっている」という指摘も根強い。
という部分だ。

確かに、高校レベルの補習(リメディアルといいます)が必要な大学も多いと聞く。
ならば、そもそも高校レベルの知識がないほど勉強が嫌いな人がなぜ大学に行っているのか、ということを考えるべきだ。
答えは簡単だ。「行けるから」だよ。

高度経済成長期やバブル期を駆け抜けた両親、または祖父母の手元に残っている豊かな財産が直接的、間接的にそれを可能にしている。
高卒で就職できる職場は極端に少なくなっている。これからもっと減るだろう。職業というものはできるところからシステム化され、人間に残された領域は専門化し、高度化していくからだ。
行く場のない彼らに大学は絶好のモラトリアムを与えてくれる。

でもそれのどこが悪い?
そのおかげで、彼らの懐に貯めこまれていた蓄財は経済サイクルの中に還流され、教員や職員といった雇用まで確保される。

教室が無法地帯になるのは、この恩恵の副作用だが、そもそも教室で傍若無人な振る舞いをすることの要因は、それが旧来の大学に行けなかった層であるということと多少の因果関係を持つだろうが、それ以上にその個人の人格を形成した「家庭」の劣化によるものだと考えなければ理屈に合わない。

そのような学生たちをも振り向かせる魅力ある授業を行えれば、もちろん問題は解決する。
だが、想像してみて欲しいが、それはいったいどのような授業なのか。
予備校のスター講師のように、明快な物言いで試験対策のポイントを押さえていくような授業が容易に想像できるが、研究者から直接手ほどきをいただく大学のような場所で、それは要求としてふさわしいものと言えるだろうか。どんな場合にも求道者に対しては一定の敬意を払うのが筋というものではないか、と思う。

本質的な意味で、大学は学問をする場所である。
でありながら同時に、その場所にあってもそれを目指さないこともできる場所なのである。
そのような自由の精神が許された場所でこそ、人間の知は磨かれるに相応しい。

人生の真ん中で、何をしてもいい時間が与えられるということは、近代、人類が獲得した自由の価値を象徴する素晴らしい特権だ。
これが、より広い人たちに与えられるようになったことをまずは喜ばしく思うのが先なのだ。
そして、この大学という場所が決して就職のための予備校でないことをこそ、僕らは目指さなければならない。

願わくばそこが多くの人にとって学問っておもしれーな、と思える場所だといいと思うが、そのためには研究者たちがまず、学問を面白がっていなくてはならない。
研究者たちは、学問を面白がれているだろうか。
今はそれが気にかかる。

2014年3月17日月曜日

学校が社会のリクツから隔絶されていなくてはならない理由

娘がまだ小さかった頃、一緒に「絶対可憐チルドレン」というTVアニメを観ていた。

使い方を間違えれば世界を滅ぼしてしまうほどの超能力を持った美少女三人の管理者として赴任してきた皆本氏(=源氏、この物語は源氏物語を下敷きに描かれている)が、最初の仕事として取り組んだのは、超能力を持つがゆえに一般社会から隔絶されて育てられた三人を普通の学校に編入することだった。

その際、皆本氏が、「どうせうまくいかない」と尻込みする彼女たちに言った、

「君たちは、何にでもなれるし、どこへでも行ける」

という台詞を聞いた時、僕は隣にいる娘に、同じ台詞を心から言えるだろうかと考えていた。それはきっと、僕自身が「今、何者かになれたのか?」と問われている、と感じたからだろう。

そして僕は同じ問いを、社会人になったばかりの頃に問われたことがあるのだ。


新人研修の一環でお客様への営業に同行させてもらった時、電車を待つ駅のホームで、一年先輩の営業パーソンが「で、お前何になりたいんや?」と突然話しかけてきた。
「社会人になった」と思っていた僕は、不思議なことを聞く人だなと思うばかりで、うまくその質問に答(応)えることが出来なかった。

曖昧に笑う僕に構わず、その人は「オレはなあ、オーストラリアで土産物屋がやりたいんや」と言った。
「雨季の間は休めそうやから」という理由はともかく、就職がゴールじゃないっていう考え方には刺激を受けた。

人は、どうしたら<何者>かになれるのだろう。
やはりそれは、<目的>を心に持つことから始めるしかないのではないか。

僕はその後、喫茶店の開業に向けて40歳の時に退職して珈琲修行を始めた。
目的を得た者の<学び>は、まさに学ぶ者の<手段>である。であるからこそ、「何の役に立つかわからない」ものを学んだりはしない。

しかし、初等・中等教育が対象とする子どもたちの多くは、まだ社会人のようには学びの目的を持つことは出来ない。
いや、出来ないのではなく、それが「何の役に立つのか」などと考えながら学ぶべきでないのだ。
なぜなら意欲を育むのが学力であって、その逆ではないからだ。
何も知らないのに、何をしたいかわかるはずがない。
<目的>という打算無しに学ぶ対象に没頭する瞬間がなければ意欲を生むための学力を得ることは出来ない。
そのための場所を<学校>という。

だから<学校>というものは社会のリクツから隔絶されていなくてはならない。
そうでなければ、どうして僕らは僕らの愛おしい子どもたちに、
「君たちは何にでもなれるし、どこへでも行ける」
などと言えるだろう。

何者かになるためのスタート地点は、何にでもなれる場所でなければならない、と僕は思う。
そのための場所を娘のために残しておいてあげたい。
そしてその場所が、今危機に瀕しているのではないか、と僕は心配している。

大人たちが、自分たちが学んできたものを「なんの役に立つのかわからないもの」と言い、それは不要であるとするようなこの時代が、大切なモノを壊してしまうのではないか。
キャリア教育の名のもとに、社会のリクツが<学校>に忍び込んできた時、<意欲>は育んだものでなく、押し付けられたものにならないか。

そもそもが不公平に出来ている現実(=社会のリクツ)に抗えるものは、例えば自分の子どもが犯罪を犯してしまったとしても、それでも君はかけがえのない僕の子どもだと言える強い愛情しかないと思う。
同じように学校という場所は、子どもたちを「社会の子ども」として愛し抜くことで「何にでもなれる」場所としての位置を担保しなくてはならないのだ、と思う。
そしてだからこそ「社会の子ども」を守る学校という場所は、社会の不公平の一部である<家庭>そのものからも隔絶されている必要があるのだ。

家庭というものは社会の不公平の起源である。
サンデル先生もご著書にて、「まったく日本の教育ってのはさあ」という文脈で必ず引き合いに出されるハーバード大学に入学するアメリカ人学生の多くが、恵まれた環境の出身者であることを紹介して「実力の正体」について言及しているが、<実力主義>を根底に持つ<個性教育>とは「恵まれた環境すらも<実力>の一部」であるという思想なのである。

それに、どのような環境でもそれを突き破って出てくる制御不能な存在を「天才」と呼ぶのではないか。
僕は、そのような<実力主義>や<天才>に目配りをして、ほんの一握りの秀でた才能を育てる教育よりも、皆に「君たちは何にでもなれるし、どこへでも行けるんだよ」と言ってやれる教育環境が尊いと思う。
そしてそれは、「社会の子ども」を愛し抜く主体としての教員が、ただ子どもたちのために時間を使える環境なんだと思う。
いずれにせよ、それは学校の<内部>にある。


教育改革に意欲的な現政権の改革案を見ていれば、そこにイデオロギーの影を見て取ることは容易い。
政府の考える「明日の日本に必要な人材像」などを<外部>から子どもたちに押し付けてはならないと思う。
どんな明日が来ても、僕は娘にこう言ってあげられる親であり続けたい。
「君は何にでもなれるし、どこへでも行けるんだよ」と。

2014年3月13日木曜日

「偏差値」というスケープゴート

リクルートという会社で、18年ほど高等教育機関の募集のお手伝いをしていた。
高校生に配布する自社メディアを持っていたが、一般に「進学情報誌」と呼ばれるそのメディアにはいわゆる「偏差値」は記載していなかった。

その頃、僕たちは「偏差値」に依らない学校選びを高校生にしてもらおうと必死だった。
だからといって、偏差値廃絶を叫んでも解決にはならない。

僕たちはまず学校を「知る」ところから、いつも仕事をはじめた。
同じ薬学を勉強するのでも、学校によって学び方は違う。
有名教授で選んでもいいだろうが、例えばゼミのありかたとか、産業界との距離のようなものでもずいぶん学校での学びの姿というのは変わってしまうもので、そのような複層的な情報をどのように情報誌上に「編集」するか、いつも頭を捻っていた。

そのような作業から出てくる学校の個性の表出は、パンフレットの表現などにも落とし込まれるが、入試にももちろん大きな影響を与える。

伝統のある薬学系の名門大学に入試のことで相談があると言われ、お伺いすると「人道的な感性」を問う入試についてのご相談だった。
「頭だけいいやつが医道に入ってくるとろくなことがない」とその人は言った。
僕は深く頷いた。

また保育系の学校では、「保育の世界で幸せになれるのは、子どもを好きな学生ではなく、子どもに好かれる学生なんです」と聞いた。
学生たちに未来の可能性を伝える難しさに、心を引き締めた。


学校の現場では、世の中が偏差値偏重になっているかどうかに関わりなく、そこで学ぶ人と人材が巣立っていく産業界のことを考え、模索し、変わり続けているのである。

日本の教育に問題があるとすれば、それはむしろ過度の偏差値アレルギーが引き起こしているのではないだろうか。



茂木先生の偏差値批判騒動のおかげで見つけた「偏差値が重視されるたったひとつの理由」という記事を読ませて頂いて、平成になってからこっち絶えることなく提言されている偏差値偏重批判の内実が見えてきたような気がする。
偏差値アレルギーのエッセンスが集約されていると思う部分を以下に引用する。
偏差値などというつまらないものを上げるための勉強ではなく、自分の思考に組み込まれて、血肉となるような知識を身につけてください。
偏差値は何の役にも立ちません。犬も食わないくだらない指標です。
 しかし血肉となった奥深い知識は、必ずあなたの人生を助けます。誰かの言い分を鵜呑みにしない自立した個人になるためには、多様で厚みのある知識が不可欠です。 
受験ゲームに興じる親たちのためではなく、あなた自身のために、しっかりと勉強しておくことをおすすめします。



ここでの問題は、初等・中等教育で学ばれる<カリキュラム>が「何の役にも立たない」と断言されているところにある。
そしてそこには「多様さ」や「厚み」が欠けている、と断罪している。

しかし、小学校から中学、そして高校に至って完成するように設計された日本の教育指導要領は、我々人類が長い時間をかけて得てきた文明の歴史をコンパクトに再現しているのである。

高度な思考は、高度な言語を以って為される。
高度な言語とは高度な概念ということで、それ自体がある種の構造と歴史を持っている。
換言すれば、それは「多様さ」や「厚み」そのものだ。
それは<教養>というカタチで児童、生徒たちに沈殿し、様々な個人的、社会的活動のさなかに、ベーシックなプロトコルを提供する。

それは、微分や積分が実社会にどのように役に立つのか、といったような話とはまるで次元の違うことが目的とされているのである。

どのみち職業的な専門知識としての微分積分は、大学に入ってから学び直さなければならない。そしてその専門的で実際的なレヴェルの知見というものは、数学なら数学だけの知識では学び得ないものなのである。

それを表現する観念的な言語の理解。
その理論が生まれた国の文化が、理論自体に与えた強い影響。
他者と議論して理解を深めるために必要な、言葉の選び方。

 様々な局面で、それまで学んできた<教養>が意識するとせざるとにかかわらず顔を出す。
そういうものだ

このような全体性を持った<教養>を滋養するために組まれたカリキュラムが無意味と断じられ、その無意味さの成果としてのみ偏差値が捉えられ、敵視されているとすれば、それは本当に残念なことだ。
 勉強というものは、それ自体が人類の英知の歴史を追体験する人生のフェーズなのである。

ギリシャで天文を知るために、手の届かない星の角度を計算する必要から三角関数は生まれた。

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人類は長い長い時間をかけて、我々自身の生活を豊かにしてくれた「智慧」を学問という体系に組み上げていった。
初等・中等教育のカリキュラムは、原初的で実利的な「知」が学問という体系になっていくプロセスを追体験するように組まれている。

それは人間が、変化し続けていく世界を生きていくための力を得る大切なステージなんだと思う。

だからブログ筆者が、呼びかけている「あなた自身のために、しっかりと勉強しておくことをおすすめします」という言葉の実現のためにこそ、学校での勉強を一生懸命やるべきなんだと思うのだ。

そして<教養>としてのカリキュラムを生徒に十全に伝授するのには、きわめて高いスキルが要求されるだろう。
それが現状充分か、と問われると、甚だ心許ないと言わざるを得ないとも思う。

僕はこの一点において、このブログの筆者と危機感を共有している。

 学校をとりまく、例えば保護者の存在や、行政からの干渉、歴史的な教育学部のスタイルのこと。問題は複雑だし、一般に知られていることはあまりにも少ない。
だからこそ、安易に「偏差値」というスケープゴートを祀り上げることには反対の声を上げざるをえないのだ。

2014年3月11日火曜日

慰霊について

東日本大震災から、今日で3年目。
復興は首相の言葉とは裏腹に遅々として進んでいないように見える。
まだ行方不明の方もたくさんいらっしゃる。
悲劇はいまだ進行中である。
そして被災者の誰の心の整理もつかないまま哀悼の言葉だけが先走っている。


でも仕方がないのだ。
生者の我々には、死者の言葉は聞こえない。
彼らがどのような思いで死の瞬間を迎えたのかは、我々にはわからない。
どのように彼らの魂を慰めればいいのかは、誰にもわからないのだ。


新聞には、津波に流されてしまった3歳の息子さんの死亡届をどうしても出すことができず、この春入学するはずだった小学校からの入学通知書が届いた父親の言葉が書かれていた。父親は、もう子どもを探し続ける気力も失い、それでもその死だけを頑なに受け入れずにいた。
この父親の無力感にどのような慰めの言葉も虚しい。
生者の声は聞こえても、やはり我々にそれを慰める言葉は無い。


この圧倒的な無力感の前に佇んで、どうしていいのかわからずに戸惑う。
その率直さこそが、宗教行為としての「慰霊」の厳粛さを担保している、と昔読んだ「現代霊性論」に書いてあった。

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生前の故人をよく知る人だけが、その縁に甘えて言葉を発することを許される。
「僕たちは大丈夫だから、安心して眠ってね」と。


だから僕たちは、死者の言葉を代弁してはならない。
このような代弁行為は、国と国との諍いのような、個々の顔が見えないとき往々にして発動する。
死者の「せい」にして自分たちの要求を言い立てるようなことは厳に慎まなければならない、と僕は思う。

2014年3月10日月曜日

茂木健一郎さんが本当に言わなくてはならなかったこと

脳科学者の茂木健一郎氏が、Twitterで「偏差値教育」について持論を語り、大手予備校を名指しで非難した。

Livedoor News:茂木氏「くされ外道予備校ども」

茂木氏の論は、小学生にアメリカ、ハーバード大学の「偏差値」を問うところから始まる。もちろん、ハーバード大学の偏差値は存在しないが、茂木氏はその理由をこう言っている。

「偏差値が計算できるということは、みんなが同じテストを受けて、その点数を比較できるからじゃない。でも、本当は、一つのテストじゃ、それぞれの得意なこと、決められないよね。数学と、小説と、オリンピック、一つの数字じゃ比べられない。だから、ハーバードには、偏差値ないんだよ。」


では実際のハーバード大学の入学選考はどのようになっているのだろうか。

まず、出願の前に受験生はSATという共通テストを受けておく。外国籍の場合はTOEFLも必要だ。
そして、高校での自分の活動歴と大学でやりたいことについてのエッセイの提出を求められる。
高校での成績は一学年の分からすべて評価の対象になる。
ちなみにここまではインターネットですべての手続を行える。
一斉テストは存在しない。

これらの提出書類の選考をクリアすると、ハーバード卒業生による面接がある。なんと日本人は日本で面接を受けることもできるんだそうだ。
これに合格すると晴れてハーバード大学への入学が許可される。


一斉テストと高校の内申書で行う日本の大学入試とは確かにずいぶん違うことがわかる。このような選考方法では、「模擬試験」が合格可能性を判定する基準になりにくいので、確かに模擬試験の結果から試験の難易度の影響を取り除く統計技法である「学力偏差値」の出番はないだろう。

では、選考方法を日本式のままにして、まずは茂木氏のおっしゃるように予備校を廃絶した世界を想像してみよう。
まず浪人生が学習する道標が失われる。困った浪人たちは当然卒業した高校に助けを求めるだろう。

そして、偏差値を失った高校現場は、生徒の進学先を指導することができなくなるだろう。予備校を代表とする「受験産業」全体を茂木氏はターゲットにしているので、模擬試験を作ってくれる人はいない。
しかたなく、自前の模擬試験を作成し、手探りの進路指導をする。
現代のような精度の高い合否判定のない進路指導現場は安全策を採り、1ランク低い大学を進める傾向が普遍化するだろう。

なんとなく、受験産業を攻撃しても、高校現場が大変になって、生徒はその煽りを食うだけで、事態はちっとも改善しないような気がしませんか。


そこで、いったん予備校とか偏差値とかのことは置いておいて、入試制度をハーバード式に改めることを想像してみる。

でもそんなことを想像する必要はない。
僕らはすでに90年代あんなに騒がれた北欧の教育改革が、ハーバード的入試制度をさらに徹底して、高校受験に導入したことを知っている。
そして、フィンランドがPISAで世界一になったことも記憶に新しいだろう。

実際はどうなっているのだろう。
フィンランドは小学校から中学校までの9年間が一貫教育になっていて、その全期間の内申点だけで高校進学の合否が決められる。

この制度を支えているのはなんといっても教員の質だ。
教員は修士卒に限られ、長い時間の教育実習を課せられる。毎年8000名の希望者から数百名の採用という狭き門だ。
採用されても最長5年の契約制になっており、評価が悪ければ契約は続行されない。
そしてその評価とは「生徒のテストの点数」なのだ。
テストは生徒の学力を試すのと同時に教員の教育力をも試しているのである。

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このように教育成果は教師の生命線である。
だから教科書の選択も「教師ごと」に委ねられている。隣の教室と違う教科書を使ってもいいのである。そこまでの責任を一人ひとりの教師が持っている。

この教育制度は生徒にも厳しい。
7段階評価の最低評価が2教科になると自動的に留年になる。
小中学生のうちから留年の制度を用意してまで、ゼネラルな基礎教育を担保しているのである。

そのような一貫教育を経て、彼らに用意された普通高校の定員は小中学校の約半分。
進学できなかった50%の生徒は職業訓練学校へ進むことになる。

このような厳しさが、この制度の基礎にある。
フィンランドは、貿易立国だった。それが、ソヴィエト連邦の崩壊で危機に瀕した。
国の方向性の転換に際して、まずは人材、と考えたところがこの教育改革に繋がっている。
国民は、自国が直面している危機を認識しているからこそ、この厳しい制度を運用していけるのである。


では現在我々が採用していて、茂木氏が偏差値の奴隷と喝破した教育制度はどのような思想を基礎に作られているのだろうか。

現在の教育の原型は明治時代に作られた。
明治維新は、ペリー来訪に始まり、外圧を排除しようとした攘夷運動から始まり、一旦西欧文化を受け入れて近代化で国力を磨いてからあらためて鎖国をしようという「大攘夷」運動に決着した。

そのための富国強兵である。
明治の教育は富国強兵の実現のために、なるべく平等で規格の揃った人材育成に主眼が置かれていたのである。
やはりそこにも国民の合意に基づいた、「覚悟」のようなものがあり、世界史に例を見ない高度経済成長の達成はその成果といえるだろう。


その後時代は変わっていくが、教育制度の変化は、それに連なる前後の社会制度の変更を強要するので、なかなか改革が進まず、中曽根氏の臨時教育審議会で「ゆとり教育」を導入したあたりがせいぜいで、あとは対症療法的にいったりきたりしている。

ハーバードやフィンランドのような教育制度が現代の、また未来の日本にふさわしい方法なのかはわからないし、いいところだけを見ても改革は成功しない。
いずれにしても、教育の制度は国の方向性の反映なのである。

・・と、茂木健一郎さんは、口汚く予備校を罵るかわりに、このような話をするべきだったのではないだろうか。

2014年3月1日土曜日

情熱の冷却効果

3月が来てしまった。

来月から消費税が上がる。

価格改定の準備をしなくてはならない。

値札の書き換えは当たり前だが、こんな小さなお店でも経営を管理して、税務署への正しい申告を行うためのシステムを使っていて、ここに組み込まれている消費税率も書き換えなければならない。
レジの中にも消費税を自動計算する機構が組み込まれており、こちらも直さなければならない。
そうだ、電卓も。

まあ、やれば終わる話だが、もう一回あるかと思うとげんなりする。


でも本当に困るのは、原材料が次々に値上げを始めたことだ。

消費税が上がれば、当然消費は少なくなる。
財布の大きさは一緒だからね。
その絞られた分を、少しでも取り戻すために消費税値上げ前に、本体価格も上げておくのが問屋というもののやり方だ。
小売店の利益をクッションに使うわけだ。

しかもこの業界では、我々のような小さな店には一般に価格改定の通告はない。
最初は、こんなやり方がよくまかり通るものだと思って、問屋さんとお話をしてみたこともあるのだが、話したからといって、事情がわかるだけで、別に価格が変わるわけではない。
もう今は、そんな無駄なことはやめてしまった。

大きな企業とその下請けとなると事情はまったく変わってくる。
今回の増税時に、増税分は価格から値引きせよと通告している企業が、経産省実施の無作為調査で268社も出てきて、立ち入り調査に入ったというニュースも記憶に新しい。


そして最後が小売店だ。
ここでは買い控えの影響がとても直裁的なスタイルで襲ってくる。
価格に敏感なこの時期に、消費者は慣れた店での買い物を一時精査するようになる。
この時期に価格を据え置ける体力のある店が新しい顧客を獲得する。

もちろん出来る限りそのような精査に耐えうる関係作りをしてきたつもりだが、すべてのお客様と価格競争を無効にできるほどの濃密な関係を築けているわけではない。
下り坂にあるこの国で生きていく限り避けることの出来ないイベントなのかもしれないが、なんともやるせない。


消費税のことを考えるといつも、虚しいなあ、と思う。

誠心誠意を尽くして顧客との関係を作っていくほか生きる道のない小さな店ほど、このような荒波に揉まれてしまう。
なぜなら、消費税はその名称から消費者自身が払っているという名目になっているがゆえに、経済の最も根底にある消費のマインドを冷やしてしまうからだ。


冷やしてしまうのは、それだけではない。

消費税を国に納めているのは事業者である。
増税の時、消費者に見えないところで、予めモノの値段は上げられている。
それを小売店が飲み込んで、価格を出来る限りのところで決定して、販売する。
消費者は結局、税を含んで上がってしまった原価を反映した新しい価格でものを買っているということだ。

つまり、ワタシたちの国は、消費税という税金を新しく取りますよ、または税率を上げますよ、と宣言することで、まず実体の無い「値上げ」を世の中に創りだすのである。
そして、このステップで生じた値上げ分を税金として収税するために事業者に課税すると、結局事業者がその収益の中から「利益額にかかる所得税」と、「売上額にかかる消費税」を払っていることになり、利益は売上の一部だからこれは二重課税になってしまう。
それを消費者が負担者で納税者が事業者なのだというアクロバティックな解釈を強弁することで、事業者の節税手段を封じ、二重課税の軛を逃れ、新しい安定した税収を得る。
フランスで考案されたこの近代税は、まさに「悪魔の税制」なのだ。

納税そのものは義務だと思う。
だが、どうせ義務ならば、頑張って働いて、お客様がその価値を認めてくださって、収益が増えて、その結果税収が増えるという方がいいではないか。
税の存在が値上げ分を創りだすなんて仕組みのどこに仕事の情熱を感じればいいんだい。


もし今でもサラリーマンをやっていたら、こんな生々しい国家の詐欺も気にならなかったかもしれない。
とは言え、このスタイルでしか本当にいいものを作り続けていくことが出来ない以上、自分を偽って生きていくことも今更できない。

剥き出しの自分のままで、今日を昨日と同じように生きるのは、実はとても難しいことだ。
家族だけで経営しているような、こんなちっぽけな店にとっては、どんな小さな風が吹いてもまっすぐ立っていることは難しい。
それでも自分らしくありたいと思う「情熱」がなんとか僕らを支えている。

5%が8%に変わることが引き起こす突風には、消費マインドを冷やすだけではなく、それを数字だけで表現しようとする人には想像のつかないほど深刻な「情熱の冷却効果」がある。
立て続けに二回吹くことが予め決まっている突風に、足を突っ張って、なんとか倒れないようにする。
この3月に僕らがしなくてはいけない準備とは、そういう種類のものなのである。


2014年2月28日金曜日

リテラシーの意味

時事問題を扱うテレビを見なくなって久しい。
ニュース情報の摂取をインターネットに依存する生活をしていると、時々個人のブログがソースになった「オススメ」情報が流れ込んでくる。

先日は、「下から7割の人のための理科&算数教育」という、中学生の娘を持つ身として非常に興味深いタイトルの記事を読んだ。


筆者は私と同じ文系体質らしく、中学で今使われている教科書を読んだ上で、このような教育は自分たちのような文系人種には将来にわたって何の役にも立たないと断定している。
そして、このようなことを実際には教えるべきなのだと言っている。
長いが以下に引用する。

たとえば、算数の時間には、
・リボ払いを選んだ場合の利子の額
・大半の人が選んでしまう住宅ローンの“元利均等払い”の恐ろしさ
とかを(台形の面積の計算方法や、ルート2=?とかを暗記させる代わりに)教えてほしいし、

生物の時間には、
・命にかかわる病気になった時、治療方法をどう選べばよいのか
・妊娠のメカニズムと、不妊治療やその限界など
・副作用も指摘されてるワクチンを勧められたんだけど、摂取すべきかどうか、どう考えて決めればいいのか?
・太っちゃって、脂肪吸引に興味があるんだけど、大丈夫かな?
みたいなことを(カエルの解剖をする代わりに)教えてほしい。

化学の時間には、
・トイレ掃除のとき、何と何の洗剤を一緒に使うと危ないのか (もしくは、ガスファンヒーターの前にヘアスプレーのカンがあったら、どれほど危ないのか)
・ホテルで火事にあったら、煙は上下、どっちに流れるのか
・天ぷら油から火がでたら、水をかけるのとマヨネーズをかけるのはどっちがいいのか。なければケチャップでもいいのか?
などを(リトマス紙で遊ぶ時間の代わりに)教えてください。

物理の時間には、
・イオンのでる家電って、なんか意味あるの?
・放射能が怖いんだけど、ラジウム温泉でダイエットするのは大丈夫?
とかね。

それ以外でも、
暑いからといって赤ちゃんに扇風機をむけて一晩過ごしたらどーなるか、夏の自動車のなかに「ちょっとだけ」放置したらどーなるか、とかも、科学的な知識の問題な気がします。

筆者が挙げているほぼすべての項目が、現在の中学と一部高校レヴェルの理数教育を受けていなければ原理が理解できないものであることはすぐにわかるだろう。
つまり、筆者は原理はすっ飛ばして結果だけ教えてよ、と言っているように見える。

しかし、そう言いながら、
換言すれば、「全員に与えるべきは、技術者や研究者になるための専門教育ではなく、生活者として自己決定ができ、健全に安全に生きていけるようになるための科学リテラシー」だってことです。
とも言っている。
前者の事例は、当然リテラシーの事例ではない。元来「読み書き」の事を指すリテラシーという言葉は広義の意味での「基礎教育」を指している。だから前者の事例が後者の実現になっていないのは明らかである。

好意的に読んで、筆者の真意が後者の中等教育でのリテラシー教育特化論を「趣旨」とするものだったとして、筆者が中学の教科書を読んで、これは「技術者や研究者になるための専門教育」であると断じたとすると、まことに残念なことである。
実際の中学の理科や数学は、これ以上の基礎に分解できないジャスト・リテラシーなカリキュラムになっているからである。
だから逆に例示しようとすると筆者がやったように現実への応用例になってしまうということなのだ。

「換言すれば」筆者の記事は、このような実例を例示できるほどの知識をご自身が現在身につけておられることを示していて、日本の理科系基礎教育のまことに見事な成功事例を体現しておられるとも言える。

もちろん実際の知識は社会にでてからGoogle先生などに師事なされて体得されたのだと思う。それだって基礎がなければ出来ない話なのだ。

さらに「換言すれば」一度社会に出た身で見た中学の教科書が如何に実社会に役に立たないシロモノに見えても、それがなければやはり実社会で役に立つ知識を個人の中に醸成することはできないのである。

誤解してもらっては困るので、念のため申し添えておくが、僕は筆者がこの記事で主張している「趣旨」の部分に基本的に賛成している。
ただ、
技術そのものというより、技術や科学について、学んでおきたかったと思えることはたくさんあるんです。
ところが今の理科や数学で教えられている内容は、ほとんどの人には生涯を通じて無関係です。
という部分に強い違和感を覚えるまでだ。

僕は小学校の時、担任の先生が仰った「もし君たちがここで漢字を覚える方法を訓練しなかったら、将来とても面白い小説に出会った時に、感動できないだろう?それが勉強するということの意味なんだよ」と言う言葉を、僕は今でも大事に胸に抱いている。どんな時でも。
会社に入った時、当時流行っていたMECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive)の考え方は、予備校で習った被子植物の分類の方法と基本的に同じだとわかってすぐに理解できた。

社会生活は絶え間ない問題解決の連なりだ。
援用した理論は、どれほど無意識化に沈んでいても過去に学校で経験した「問題解決」と重なっているだろう。
学問領域のどの部分であっても、それが僕達の生涯に無関係だと、一体誰に言い切れるというのだろうか。

もちろん全員が全部のリテラシー教育をその身に修めているなどと申し上げるつもりはない。しかし、その「ばらつき」が個性として顕現して、我々のコミュニケーションや社会そのものをも豊かなものにしているのではないか、と僕は思っている。

ましてや社会がわれわれに要求する「知」は時代によって大きく変わってしまう。
先日読んだ小林秀雄と湯川博士の対談には、現代は「科学の時代」だと書いてあった。
50年も前の対談である。

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湯川博士の危惧は不幸にも的中し、我々は原子力発電所の事故で、自分たちの生活者としての科学的リテラシーがまったく不十分であることを露呈したばかりだ。

我々に必要なのは「学び続ける力」なんだと思う。
新しいものに出会った時に、それを面白いと思って噛み砕いていく力だ。
だからやはり、その基礎訓練になるリテラシー教育を決して疎かにはできない、という筆者の趣旨に全面的に賛成である。


2014年2月25日火曜日

あらためて考える「広報」のこと

世の中にはプロブロガーと自称する人たちがいる。
日常生活のログをウェブに記録するための日記サービスであるブログを、広告掲載のためのメディアに見立てて、収益を上げている人たちのことだ。

その中の一人が書いた記事にこんなことが書いてあった。

特に大きな企業だと、インタビューをする際に「広報確認」が必須だったりするんですよね。「インタビューするのはいいですが、まずはできあがった原稿を見せてください。あと画像素材もすべて。広報に確認します」的な。これがライターとしては非常にだるい。先方に何の悪気はなくても、げんなりします。(略)どんだけ警戒しているんですか…と。冷静に考えると、それはインタビューを受ける社員に対しても失礼なわけです。要するに「こいつはまずいことを喋ってしまうかもしれないから、一応広報でも確認しておくか」ということですから。


かなりのPVを稼ぐ人気ブログの筆者らしいので、文筆に自信がありライター稼業もはじめたのだろう。
自分の好きなことを書けばいいブログと違って、依頼主のいる文章は依頼者の意向に沿っていることが求められるため、そこに苛立っているようだ。


僕は、このカフェを開く前、専門学校の募集広報を作っていたから、お客様である専門学校と、どのような広報誌面にするかずいぶん議論をしてきた。
出来上がった原稿を、お客様にお見せすると必ず直しが入る。
確かにやっかいな仕儀だ。

だが内実というものが簡単に理解できるものでない以上、この手順を省いてしまうわけにはいかない。


またこの自称プロブロガー氏は、このようにも言っている

「もっと自社のことを知ってもらいたい」という前提があるのなら、「広報確認」という作業は時代遅れきわまりないです。人件費の無駄です。広報が人力で確認している暇があるなら、信頼できるライター、ブロガーを見つけてバンバン好き勝手個人名で書いてもらった方が成果出ますよ。


世の中の「仕事」というものが、このような薄っぺらい価値観で測られているのだとしたら、未来はそうとうに暗い。
そして、このような浅薄さは、確かに社会に蔓延しているように見える。

仕事における浅薄さは、その仕事を為した人が同時に消費者でもあるわけで、当然生活にも忍びこむことになる。

こうして、味のわからない消費者がブランドネームだけで食べるものを選び、どうせ味がわからないのだからと偽物を提供するゲームが成立するようになる。
偽物なら価格は安くできる。
そうした「企業努力」を評価して、価格の安い方に人は集まる。
そのようにして、ものの値段は際限なく下がっていく。

本当に美味しいものを提供したいと考えている人は、そのようなルールのゲームに乗る訳にはいかない。だからなるべく、その姿を世間から隠していく傾向になるはずだ。

姿を隠しながら、食品の真価を知る人たちを顧客にするための「広報」こそが奥深い。
そのために「どんな人に来てほしくないのか」を先鋭化する必要があるからだ。
だからここで言っている「広報」とはまさに経営そのものなのであって、どこかのプロブロガーに委託できるようなものではない、と知るべきだ。


今回の記事には、取り上げたブロガー氏の名前も記事へのリンクも貼らない。
彼はどうやら、このように人が大切にしているものを、軽薄さを装って踏みにじる記事を書いては、反論を集め、その反論に貼られたリンクをも使って大量のPVを稼ぐ「炎上屋さん」らしい。
自分への非難の声を集めたPVで生活をするという美意識が僕にはどうしても理解できないが、まあ、今回は僕も見事に釣られたわけで、せめてリンクを貼らないことでささやかな抵抗をしてみた次第だ。


2014年2月17日月曜日

それぞれの道、それぞれの技

珈琲修行のスタートに選んだ珈琲サイフォン社の河野珈琲塾で、社長の河野さんが珈琲を淹れている姿を見た時、これが本物だ!と確信した。

オープンカウンターでマスターが珈琲を淹れているのは、よく目にする。
パリっとした白いシャツに黒いエプロン。
手慣れた様子でポットを操って、珈琲を落としていく。
実にスマートでかっこいい。

ところが河野さんの珈琲ドリップというのは、そういうものとは次元の違う気迫のようなものが体から放出されている。
なにしろ一滴ずつ湯を注いでいくのだ。
しかも正確に中心に落として、すべての円周部に同時に湯が到達するように落としていく。
あまりにも美しいその抽出のスタイルに目を奪われ、どうしてもこれをやってみたいと思った。

もう7年もこの仕事をしているが、未だに100%の成功率とはいかない。
難しいのだ。

それでも僕は、このまだ未熟な抽出スタイルをお客様に見てもらいながら珈琲を抽出する店舗デザインを選んだ。

写真はお友達のウッチーさんに撮っていただきました。
いつもありがとうございます。

ひたむきに珈琲に向き合うことを要求されるこの抽出スタイルが好きだ。
やはり珈琲には、どこか求道的なところがある。
高校まで剣道部に所属して、朝から晩までそれ一色だった頃を思い出す。

たいして強くはなれなかった。
強くなかったから、どうすれば勝てるか一生懸命考えた。

大声で気合いを叫べば、相手の精神を凌駕できるという考え方には、納得がいかなかった。
でもどうすればいいかはわからなくて、宮本武蔵の五輪書を誰かが解説している本を読んだ。

剣道の理想は一撃必殺だ。誰よりも早く打突を相手に叩き込めれば勝てる。
相手より後に動き始めて、先に打突が到達するように動ければ必ず勝てる。
先に動いた相手には必ず隙があるからだ。
これを「後の先」という。

しかし、普通そんなことはできない。
誰もが自分にできる精一杯の修練を積んでくるのだ。

そこで、人は「技」というものを考えるのだ。

なるほど、と思った。
誰もが、理想へ赴く道の途中にいる。
それこそが「道」と呼ばれる所以なのだ。

そして、その道を乗り越えていくための、人それぞれの「技」がある。
だから人生は面白い。

僕も僕の珈琲道を、技を磨きながら歩いていこうと思う。

2014年2月12日水曜日

バレンタインと、チョコレートと、ブランドと。

バレンタインデーが近い。

思えばバレンタインのチョコレートにはほとんど縁のない人生であった。
しかし、こんな僕にも忘れられないチョコレートの思い出がひとつあるのだ。


小学校五年生の時だった。
バレンタインデーのその日、いつもの通り僕はひとつのチョコレートも貰わずに帰宅した。
もはや慣れっこになった軽い失望感とともに部屋でラジオを聴いていると、チャイムが鳴って、母が、ニヤニヤしながら僕を呼びに来て言った。
「女の子が来てるわよ」

何が起きているのかわからないまま、玄関に向かうとそこにはクラスメートの中でも一番可愛い(と僕が思っていた)子が立っていた。
戸惑っている僕に、彼女は小さな袋に入った、ハート型のチョコレートをくれた。
「あの、これ」
「ありがとう」
「じゃあね」
くらいの会話だったと思う。

今思えば、家に送っていくくらいのことをすればいいのに、そんなことも思いつかなかった。
僕はじわじわと実感される、世界が反転していくような幸福感に、完全に自分を見失っていたのだ。

その後のことはここには書かない。
でももし、あの日彼女が僕にチョコレートをくれなかったら、今の自分はここにいる自分とは違う存在になっていたことだけは確かなことだと思う。


もはや現代のバレンタインデーがそのような、一世一代の想いを伝えるイベントでないことは承知している。
チョコレート屋の側も、消費者の物分かりの良さに乗じて、もともと販促イベントであったそれを、よりあからさまに販促色を強いものへとシフトしていった。

ありがたいことに私達のカフェにも、たくさんのお客様がバレンタイン用のチョコレートを買い求めにいらっしゃる。
今年も早い時期からお客様がいらっしゃるが、皆さん今年のデパートのチョコレート売り場はすごいよ、とおっしゃる。
本場の有名ショコラティエがイベントのために来日し、痩せたとはいえまだまだ世界有数のマーケット日本を盛り上げてくれているのだそうだ。

じゃあ今年は勉強のために覗いてみようか、と出かけた。
確かに盛況で、チョコレートはどれも芸術品のように美しかった。
噂には聞いていたが、価格も芸術的だった。


現代のチョコレートとはこういうものか、といくつか買い求め食べてみた。
当たり前の話で恐縮だが、それは小学生の時、恥ずかしさを押し切って家まで来て彼女が渡してくれたチョコレートのような感動を与えてはくれなかった。

そして価格のことを考えるとき、どうしてもあの豪華な箱たちにどのくらいのコストがかかっているのかをつい計算せずにはいられなかった。
この店を出す時に、包材はずいぶん検討したので、オリジナルの箱を作るのにどれほど膨大で法外なコストがかかるのかはよく知っている。
しかもこんな凝った構造の箱であればなおさらだ。

チョコレートは、他の菓子類に較べてどうしても原価が高くなる。
中途半端に高くて、外見もぱっとしない商品を売るのは実に難しいものだ。
外見にも手をかけて、見栄えを良くして、その結果高価になってしまったものならば、売り方がある。
現代社会ではそういう技術はずいぶん進んでいるのだ。

でも僕は、そういう売り方はしたくない。
この店のものなら間違いなく美味しい、という日常的な繋がりの中で作ってきた信頼があれば、そのような小細工はいらないのだ。
箱なら規格品がある。
きちんと原価を計算して、商品の価格を決め、店頭に出す。
それだけでいい。

ブランド、という言葉がある。
デパートに並んでいる名だたるショコラティエのブランドの数々に較べて我々はあまりにも無名だ。

ブランドは、イギリスで牛に押していた焼き印(Burned)に由来する。
あそこの牛なら大丈夫だ、という印のことである。
そういう本質的な意味でのブランドを、僕らはゆっくりゆっくり作ってきたつもりだ。


おかげさまで今年の主力に据えた「生チョコ」は大好評で、すでに生産が追いつかず、バレンタインデーを前にして、すでに品薄である。
ありがたいことです。

2014年2月4日火曜日

「ある精肉店のはなし」に思うこと

朝、新聞を読んでいたら、牛の屠殺から解体、販売までを一手に行う精肉店の映画を札幌で上映する、とコラムに書いてあった。

せめて映画のタイトルくらいは書いて欲しかったが、ネットで調べるとすぐわかった。
「ある精肉店のはなし」という映画で、今日から「蠍座」というちょっとかわった名前の映画館で上映が始まると書いてあった。

これはぜひ観たいが、時間がままならぬ自営業者のこと、上映時間を調べようと思ったらこの蠍座にはホームページがない!
しかたなくまた新聞に戻って調べたら、昼間にしかやっていない。

むむ。
やむなく断念し、DVD化を願うことにする。


ここまでしてこの映画に関心を持ったのにはわけがある。

僕らがやっているカフェジリオという店では、余市の滝下農園さんの卵を使わせていただいている。
気さくなご主人の人柄に触れたくて、一年に一度はご挨拶に伺う。

自然な状態で飼われた鶏たち。
自家製の野菜だけで育てられている。
大きな葉を持つ野菜が好物で、小屋に置くと瞬く間に無くなる。

大事に育てているのだ。
でも、うちの鶏の唐揚げ美味しいよ、と言う。
そしてこのセリフ、不思議なほど違和感がないのだ。
これって何なんだろう。

よくこの手の映画のアオリに使われる、「いのちをいただく」みたいな、むりやり言葉を当ててる感じや、「生きることは殺すこと」みたいなレトリカルな気取りはそこにはなかった。
この不思議な「自然さ」がどこからくるのか、もしかしたらこの映画にヒントがあるかもしれないと思ったのだ。


先日、米駐日大使が太地町のイルカ漁の非人道性を懸念しているとつぶやいた。

我が国の伝統と文化なのだよと反論したり、アメリカもバッファロー絶滅させたじゃないかと言ってみたりするのはなんか不毛だと思った。

また国内でも、このような漁のやり方は、漁ではなく虐待であるとして大使の意見に賛意を示す人もいる。
でも漁のような行為に虐待という言葉を持ち出すことにも、なんとなく違和感を覚える。


そうこうしていると、今度は中国で漢方薬を作るために飼育されているヒグマから、生きたまま胆汁を抜き取るのが動物虐待で、ぜひやめてもらうように習近平主席に陳情するから署名運動に協力してほしいと連絡があった。
やはりイルカ漁の件と同じように、虐待という言葉が文脈にフィットしていない気がした。

アメリカ人も日本人も見慣れないものに触れて過剰反応しているのではないか、などという気はない。
また、熊の胆汁を取り出すことに反対の人は、イルカ漁にも反対だろうと思うから、別段ふたつのエピソードは矛盾したものではない。

しかし、このふたつの案件が前後して起こったことには偶然を超えた何かを感じる。
この連想が適切かどうかはわからないが、アニメーション作品でありながら、近年論壇で広く引用されるようになった「魔法少女まどか☆マギカ」で、中盤のハイライトである美樹さやかの死に打ちのめされ、元凶であるキュウべえを責める鹿目まどかに「家畜を飼うことに残虐性を感じない君たちが魔法少女の扱いを非道いというのは全く理解できない」と、宇宙生命体であるインキュベーターが言っていたことが思い出された。
なるほど、脚本家虚淵玄は、このセリフのために、感情を持たない第三者インキュベーターを用意したのだな。


しかし我々としては、鹿目まどかの言い分に共感しないわけにはいかない。
その理由は脳の構造そのものにもある。
我々哺乳類の脳には「ミラー・ニューロン」という特殊な神経組織がビルト・インされている。

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例えば虐待されている猿など見れば、その視覚情報からわれわれ自身も同じ部位を痛めた時に発火する神経組織が発火するという仕組みになっている。
脳の深いところに仕組まれたシンパシーの仕組みが僕らの思考を縛っているのだ。
網の中で血を流すイルカたち。
拘束衣を着せられ胆汁を採られる熊。
絞められた鶏に、解体される牛。
彼らの死の姿は、僕等の脳に強い物理的な衝撃を与えるのだ。

だからこの種の問題を、純粋に論理的な言葉というツールで議論することにはちょっと無理があるのではないか、と僕は思っている。

となれば完全に公平な立場なんてものはありようがない。
ない以上、様々な立場からの意見を伺って、それら全部を飲み込んでただ生きていくしかない。
そう思っている。


人の都合で獣を殺す案件に「虐待」の語を用いる人たちは、概ね、家畜動物の屠殺を残虐性のある方法で行うことを禁じている法律の存在を持ち出す。
しかし、少なくとも鶏を絞める行為は、長年の経験から洗練されたスピーディな作業になっていても「安楽」な死ではない。
体の大きな動物なるほど、やむなく残る屠殺の残虐性は大きなものになるだろう。

多くの人は実際の屠殺の現場を見たことはなく、また屠殺の部分だけを切り出した映像が、正しく屠殺の実態を伝えないことを、ザ・コーヴという映画から学んだばかりだ。
もしかしたらこの「ある精肉店のはなし」も賛否両論を呼ぶのかもしれない。


自分はといえば幸い、今のところ何かの決断を迫られる立場にはいない。
だからといって高みの見物を決め込むつもりもない。
ただ、できるだけ誠実な理解をしたい。
そう思っている。

2014年2月3日月曜日

科学雑誌「Newton」のコーヒーに関する記事は、どこまで科学的か

僕は高校時代「理数科」という特殊学級に所属していた。
が、三角関数や微積分は、たとえ問題が解けてもその意味するところがわかっているとはいえない、と感じていた。

今月のNewtonの第一特集が「三角関数」ということで、これは買うしかないと思い、購入し、今勉強中だ。

Newton (ニュートン) 2014年 03月号 [雑誌]

ニュートンプレス (2014-01-25)
素材選び。
見事な図示化。
そして何より戦略的な論旨展開で、三角関数の概要がすっと頭に入ってくる。

僕は音楽を演奏するのも聴くのも大好きなので、世にあるすべての音が正弦波=サインカーブ、つまりsinθの変調から出来ていることを知識としては知っている。
だが、今回の特集を読んで、「振動」と「回転」、そして「回転」と「三角形」の不思議な関係に思い至り、なるほど自然界の振動が三角関数と関係が深いのも当然だ、と得心がいったのである。

永久保存版なのである。
しかし、申し上げておきたいが、この記事を読んで、高校の教科書もこのようにすればいい、と思ったとすればそれはちょっと早計で、単に図示すればわかりやすくなるというものではない。
広範な三角関数の分野を、すべてあの調子で記述することはそもそもできないし、おそらくそのようなことに取り組もうとして、現在の義務教育の教科書は実感値で30年前の5〜6倍のボリュームになってしまって、通学そのものが困難になるほどだ。
それなのに、ちっともわかりやすくなってはいないので、むしろNewtonの記事が示唆しているのは図示すればいいってもんじゃないよ、ということなのだろう。
思いつきを口にすることは厳に慎まねばならない。


ところでそのNewton3月号だが、わずか2ページだが珈琲に関する記事が出ている。
珈琲の成分分析に関する記事だ。

読み始めてすぐに躓いた。
焙煎(ばいせん)に「焙(あぶ)って煎(い)ること」と注釈がついている。
僕もこの仕事を始めてから先輩に教えていただいたことだが、このRoastに当てられた訳語は、字義的な誤訳なのである。
だから、いやしくも科学雑誌Newtonとしては、ここは習慣的な呼び名としてすっと流すべきところだった。

まず「焙る」は「火を当てる」の意で、高温にした空気で過熱するRoastに相応しくないし、もともとこの字は「ホウ」と読む字で「バイ」とは読めない。
また、「煎る」という言葉は、汁の乾くまで煮詰めるという意味で、字義的には「炒る」の字を使うべき所である。

この誤訳はどうやらカフェ・パウリスタあたりが発祥らしく、あぶる、は本来炙ると書くのが普通、いるは炒るが普通だったから、あえて捻ろうとしてこのような誤義をあててしまったのではないか。
そしてこの語を「大阪珈琲焙煎商業組合」が名前に採用して、これが政府に認証されたところで日本語として定着した、というのが定説だ。
もう定着しているだから、そのままそっと使ってくれればよかったのだ。
今さらあえて、先達の誤りを、まるでそれが正しい使い方のように注釈する必要はないだろう。


さらに読み進めていくと、コーヒー豆(生豆=きまめ)を、とある。
もうこんな基本的なことは言いたくないのだが、この場合この字は「なままめ」としか読めない。
日本語では、生の字は「き」と読んだ時は純度100%の意味で、「なま」と読んだ時は火を通していない、の意となる。
焙煎する前の豆の意味で言っているのだから、ここは「なままめ」と読むべきで、少なくとも珈琲業界の人間で、きまめなどと読んでいる人間はいない(はずだ)。


せっかく三角関数の記事に感動していたのに、まるで他の記事にも誤りがあるような気になってくるわけだが、しょせんこのような部分は「枕」に過ぎず、おおかたネットの情報でも拾い読みして書いたのであろう。

いよいよここからが本論。珈琲に含まれる化学物質が2型糖尿病の発症に抑制的に働く可能性があるという、そろそろ生活習慣病のデパートになりかけている我が身に嬉しい報告が続いた。
最近読んだ「老後の健康」という本には、アルツハイマーも脳内でのインスリンの効果不全が原因だという新しい研究について書かれていたから、これは無視できない。
この効果は、「クロロゲン酸」というコーヒー・ポリフェノールに由来するもので、肝臓で糖分をつくる作用を抑えるはたらきをもつ。

なるほど、さすが科学雑誌。
こういうふうに話を運ばなきゃね。
この話はしばらく前から業界では盛んに取り沙汰されていた話で、当時はもっぱら空腹感を抑える(空腹時の血糖値が上がらないようにするから)作用でダイエット効果があるという宣伝文句に使われていた。
そして、このクロロゲン酸、焙煎が進んでいくと減少していくので、浅煎り珈琲がダイエットに効く、という情報に変貌してひとり歩きしていったのだった・・

ふむ、まことに科学的に物事をみるのは難しいのである。
Newtonみたいな雑誌がアンアンとかと同じくらいもっと普通に買われるような世の中になれば不合理なこともずいぶん減るだろうに。


しかし当のNewtonのコーヒー記事、締めもピリッとしない。
飲み過ぎれば、カフェインの過剰摂取となり弊害があるとのまっとうな提言につづいて、だからデカフェタイプの珈琲がいいと言い、デカフェ加工の際、味に関わる他の成分も減ってしまうので、2004年に発見された天然デカフェのコーヒーノキに期待すると結んでいる。
あのね、カフェインにも味があるのよ。
それは微量にして微妙な苦味。
これが、焙煎によって生じる焦げによる苦味と立体的に組み付いて、あの珈琲の味を作っているのです。
味が問題なら天然でも人工でもデカフェじゃだめだってことでしょ。
それにそもそも、体にいいからって飲み過ぎたら毒なのはなんだって同じ。
足るを知る、ことが重要と思います。

2014年1月30日木曜日

「BGMをかける」のと「音楽を聴く」というのは、まるで別のことなのであった

喫茶店を開くというアイディアは、高校生くらいの頃から持っていた。
音楽を聴きながらできる仕事、というのが第一の理由だったことを覚えている。


でも実際にやってみると、「BGMをかける」のと「音楽を聴く」というのは、まるで別のことなのであった。


BGMはカフェの空間にあって、特別な役割を果たしている。
もちろん雰囲気のようなものを作り出す効果もあるのだが、もっと具体的で切実な役割を担っているのだ。

カフェでは、いくつかある席にグループに分かれて座る。
オープンスペースであれば、隣の席との間には物理的な空間はあるが、隔てる壁はない。
昔風の喫茶店では、椅子自体を壁にしたててグループ分けし、それぞれのプライバシーを確保する設計のお店をよく目にした。

しかしこの方法は、プレース・パフォーマンスが悪く、店が狭くなってしまうし、少々息苦しい空間になってしまいがちだ。

そこでオープンスペースに視線が直交しないように席を配置して、その空間を「音で埋める」のが近年のカフェの基本的なデザインになっている。


そういう役割を担うBGMに一番重要な要素は「音量」で、うるさくても小さすぎてもだめなのだ。
そしてその「音量」は、アンプのボリュームを廻す加減だけではなく、音楽の種類によってもずいぶん違ってくる。
このちょうどいい塩梅がわかるのに、けっこうな時間がかかってしまった。


最初のうちは大好きなロックをよくかけていたので、必要以上に音量を下げなければ適切なBGMにならず、苦労した。

意外なことに、もっともBGMに適さないのはクラシックの楽曲で、最弱音と最強音の差が大きく、大きいときはうるさいし、小さいときは聞こえない。

いろいろかけてみて、ジャズピアノのソロか、それに準じる小編成の音楽が最も無難だということがわかった。

管楽器でも(Kind Of Blue以外の)マイルズ・デイヴィスは自己主張が強すぎてキツイが、コルトレーンはどんなに吹きまくっていても、音そのものがスムースだし、音量が安定していてコントロールしやすい。

また同じように自己主張の強い音でも、ピアニストのビル・エヴァンズが弾いているものをかけているとき、「この曲、なんですか?」と聞かれることが多いのだ。
万人に受け入れられる個性、という夢のような特性をエヴァンズの音は持っているようだ。

この試行錯誤のために、ずいぶんジャズのCDを買った。
評論なども読んで勉強した。
たくさん聴けば好きになるし、知れば知るほど愛着もわく。
だから、ジャズが好きかと問われれば、好きだと答えていいような気もする。

オーディオに、ジャズ向きやクラシック向きのものがあるという一般的な認識は、もう現代ではほとんど意味を持たない。
それでもBGM向きのオーディオは存在する、と僕は思っている。

まずはアンプだが、これは真空管式がいいと思う。
小さな音量でも浸透力があるからだ。



このアンプは昨年導入したスウェーデンの真空管アンプCOPLANDだ。


一般に真空管式は「暖かい音」みたいなイメージがあると思う。
もちろんそういう音のアンプもあると思うが、この北欧のアンプはお国柄か冷静で透明な音がする。
いろんな音色の真空管アンプがあるだろうが、基本的に増幅素子ひとつでアンプリファイドする真空管の方が、化学反応を司る多くのユニットを接合して増幅を担当するトランジスタよりも「素直」な増幅感が得られるような気がする。
この素直さが、小音量でも心に忍び込んでくる音を作ってくれているのではないか、と僕は思っている。
気分の問題かもしれない。
でももともと音楽って、気分の問題でしょう?


音量が小さいからこそスピーカーも大事だ。
僕が使っているのはタンノイのグリニッヂという小型のブックシェルフ・スピーカー。
ほんの数年間しか生産されず消えていった不人気機種なのである。
おおー、タンノイですかー、と言われるほどのスピーカーではないのである。
でもこれがいいのだ。

まずユニットがひとつしか見えないが、このスピーカーは2Wayである。
ウーファーとツイーターの軸線を合わせてまるでひとつのユニットのように配置しているのである。
これにより、一直線上に音が飛んでいく。
さらにこの口径の小ささ、がポイントで、大きなウーファーはどうしたって大きな音像を作ってしまう。で、これを小音量で鳴らせば、小さくて正確なミニチュアの音像が出来上がる、というわけだ。
この高音と低音がズレてない感じが、小音量時の浸透感に有利に働いているように僕には感じられる。
気分の問題かも・・はもういいか。

自分でカフェに行くときは、大きな口径のスピーカーで大きな音像を作ってくれるお店に行く。
サラリーマン時代は、渋谷のメリー・ジェーンで呆れるほど大きな音を浴びながらアンチョビのスパゲティを食べて、日本の新本格ミステリを読むのが好きだった。

そういう意味では、完全に好きなことを仕事にできたわけでもないわけだが、これが案外悪くない。仕事ってそういうもんかもね。