2014年8月8日金曜日

ブルーマウンテンというコーヒーのこと

ほぼ全面的にコーヒーの生豆(なままめ)をお世話してもらっている中堅の専門商社のプライスリストの「ブルーマウンテン」の欄は、今月分も「欠品中」であった。
もう数ヶ月も欠品が続いている。

カフェジリオではレギュラーの商品としてブルーマウンテンを扱ったことはない。
生豆の価格が飛び抜けて高く(他の扱い商品の約5倍もする!)、全種一律価格の原則が守れないからだ。

なぜ一律にしているのかについては、大事なことなのでもう一度書いておく。

コーヒーの味の中核は「苦味」にある。
苦味は本能的な味覚でいうと「毒」の分類。
だから、人の舌はこれを恐る恐る味わう。解るのに時間がかかる。理解に経験を必要とする味なのである。
そして、コーヒーの味の違いは育てられた「土」の違いである。
思い切って簡略化していうと、コーヒーの品種というのは「アラビカ種」の一種しかない。
苦味の中ににじみ出る風土の味の違いを嗅ぎ分けているのである。

苦味の中の範疇にある味には、歴史的にそれを表現する言葉を与えられてこなかった。
だから味ははっきりと違うが、その違いを言葉にするのは難しい。
そして、そういう異なりを楽しむのがコーヒーだと僕は思っている。

問題は、このような微妙な味の差を楽しもうとする時、プライスタグに書かれた価格が「優劣」に見えて、邪魔をするということだ。
僕はこれを排除したいのだ。
それで、基本的にすべてのコーヒーに同じ価格をつけている。
時折、この値段でこんなうまい豆が!というのを見つけると、期間限定品として特別価格でお出しすることもあるが。
今もペルーのチャンチャマイヨという豆を少し安価な値付で出している。


ブルーマウンテンに話を戻す。
そういうわけで、ブルーマウンテンを扱わない当店ではちっとも困らないのだが、営業の人がなぜブルーマウンテンが長期欠品中なのか教えてくれたので書いておこう。

ご存知のかたも多いと思うが、この高価なコーヒーを飲んでいるのは日本だけだった。
統計で見る限り、ジャマイカで生産したほぼ全量を日本で輸入して消費していたことになる。
2004年の輸入量は1600トン。
それが昨年は500トンまで落ちこんだ。
欧米市場での拡販に迫られ、ブルーマウンテンの収益性は壊滅的に悪化した。
収益の落ち込んだコーヒー農家は、施肥や農薬の使用を極端に減らした。
結果、天敵であるサビ病の発生と、ベリーボーラー(豆喰い虫)の大量発生を招き、最盛期2200トンあった収量は今年600トンまで落ち込む見通しだそうだ。

僕がブルーマウンテンを扱わないのは、その高価格のせいだが、味が抜群にいいことも知っている。
時々、生豆屋さんから1Kgだけ買って焼いてみるが、およそ歪みというものの感じられないパーフェクトなバランスのコーヒーである。
こういうすぐれた作物が、ひととき経済的に潤った日本のために大増産して、それが買い手の事情で買ってくれなくなれば、一度揃えた生産体制を維持するために商品の品質を犠牲にせざるを得なくなる。

ずいぶん前の話だがスターバックスがエチオピアのイルガチェフェを買い占めて、2年くらい日本に入ってこなくなったほどだったが、それも短期で終わったため、巨大な買い手を失ったイルガチェフェ村のコーヒー農家では離農者や麻薬栽培に転作する人がたくさん出たと聞いた。

先日書いたコピ・ルアックの話も同じ。

消費者は移り気なものだ。
生産者の事情まで勘案しながら買い物などできないし、美味しいものがあると聞けば、欲しくなるのが人情というものだ。
「幻」をまぼろしのままに、「知る人ぞ知る」ものを、知る人ぞ知るままにしておけないこの情報化の時代が、食のグローバリズムを加速していく。
人類をこの星の支配者にせしめた旺盛な好奇心の奔流に飲み込まれて、本当に美味しいものの多くが、ゆっくりと姿を消していくことになるだろう。
残念なことだ。

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