2016年10月26日水曜日

I like an analog way.

何度も書いているので耳に、ではなく目にタコができるかもしれないが、コーヒー業界でよく言われている「サード・ウェイヴ」というのは、アルビン・トフラーの名著「第三の波」からの引用だろう。
で、あればトフラーの「農業革命」「産業革命」「情報革命」に倣って意味を考える必要がある。


したがって、アメリカコーヒー業界におけるサード・ウェイヴも情報革命的な何かであり、代表格であるブルーボトル・コーヒーが、米アップルへの投資チームが事業展開に協力したことから名付けられたのを起源とみるのが妥当と思う。
ディジタル技術を使ったコーヒー粉砕技術をウリにした新しい企業などが後を続いており、着実に進化しているようだ。

とはいえカフェの仕事それ自体にはディジタルが入り込む要素はあまりない。


僕自身の仕事体験の原点は大学時代の貸しレコード屋のバイトにあるが、これは本当に楽しかった。

毎日ではないが、朝出勤するとダンボールで新譜が届いている日がある。
開けると、プリンスの新譜だあ!とかで気分が上がるが、これに一枚一枚セロファンのカバーを掛けなくてはいけないのがツライ。
ダブルフォールド(見開きジャケ)だったりすると、けっこうめんどくさいんだなあ、これが。

それができたら入荷したレコードに連番を振ってシールを作って貼る。
そしてアーティスト名、アルバム名、連番を台帳に転記する。
もちろん手書きである。

この台帳には、レンタルしたレコードが返ってくる度に返却日を記入することになっている。
だから返却されてきたレコードは一定数まで溜めておいて、まとめてスプレーを掛けて拭き、台帳につけるようにしていた。

台帳のレンタル数が一定の数になると複数枚の在庫があるレコードは販売に下ろされる。
これを狙って何枚かレコードを買ったなあ。先に買えるんだから店員が有利なんだ。悪いけどね。


今どきは、こんな作業もディジタルでパッパと済んでしまうんだろう。
でも手作業でやっていたからこそ、仕事の全体像が見えて楽しかった。

レコードも仕事もアナログが好みなんですね。

2016年10月3日月曜日

嗜好品で正解がないからこそ、やっていることの理由を知っておいたほうがいい。

10月1日は、全日本コーヒー協会が定めた「コーヒーの日」でした。
北海道新聞にも、それに合わせて「美味しいコーヒーを淹れるコツ」についての記事が掲載されていました。


「入れて探す自分だけの一杯」というキャッチがいいですね。
まさにその通り。
本文中にも取材に協力された宮越屋珈琲の宮越社長の言葉があります。
「コーヒーはあくまで嗜好品。(飲み方などに)正解はない」と。
そしてそれは入(淹)れて探すのだということです。

コーヒーの味はわかりにくいものです。
それはカフェインの苦味が味の主体になっているからです。
苦い味は基本的に「毒」の味です。

カフェインは、種子を虫などの外敵から守るために植物が持っている毒で、これがあるためコーヒーノキは樹木としては非常に寿命が短い。
しかしそれでも種子をなるべく多く、広い範囲に残すことを生存戦略として選択して、カフェインを身中に作るのです。

そのカフェインは致死量があるところからわかるように、人体にとっても毒です。
だから、脳は、苦味の味覚を積極的には愉しみません。
そういうわけで、コーヒーの味がわかるようになるためにはある程度の経験をこなす必要があるのです。

その経験ももちろん効率的なほうがいい。
そのために「淹れる」という行為が有効です。
なぜか。
それを記事に沿って詳しく見ていきましょう。


記事では「豆の鮮度が大切だ」と言っています。
その通りです。
ですがコーヒー豆が水分を吸収して香りや味が劣化するという説明はちょっといただけない。

味の劣化の原因は二つ。
ひとつはコーヒーの味を構成する800種類ほどの化学物質が焙煎によって焼成されたものであるため時間が経つと分解されてしまうことです。
6日間で60%もの成分が失われてしまいます。
もうひとつは空気中の酸素と豆の油脂分が反応して起こる酸化です。
これがおこるとおかしな酸味が生まれ、胸焼けの原因になります。

どちらも低温で保管することで進行を遅くすることができますから、冷凍庫での保管をお勧めしますが、決定的な対策はそれではなく、実は「ミルを買うこと」なのです。
どちらも空気に触れている面で起きる現象で、挽かれてしまった豆の表面積は、そのままの豆の約800倍と言われていますから、劣化のスピードも800倍ということです。


次に記事ではペーパードリップ/ネルドリップでの湯の注ぎ方に言及します。
「豆の中心の500円玉くらいの範囲に低い位置からゆっくりと湯を注ぐこと」とあります。
まったくその通り。

しかしそれは記事にあるように「豆にかかる圧力を均一にするため」ではありません。
上の写真に概念図が載っていますが、圧力はあのようなベクトルではかかりませんし、そもそもゆっくりと言っているのだから水圧はかかっていない。
かかっているのは気圧と、水を引っ張る重力の力で、いずれも地面に対して垂直に掛かる力です。
そしてコーヒーの抽出に使っているのはもっぱら「重力の力」で、この重力の力だけでゆっくりと湯を引っ張ってより多くの味を抽出しようとしているのです。
そのために、余計な水圧を掛けまいとして「ゆっくり」湯を注ぐというわけです。


さて、続いて記事を見ていきましょう。
次は温度です。
95度から90度で、という温度指示ですが、とてもいいですね。
10年くらい前までは80度程度の低温派が主流だったんですが、ようやく修正されてきました。
これはコーヒー豆の油脂分を励起させて、多くの化学物質からなる本来複雑なコーヒーの味わいを均等に味わう助けになります。
記事にあるような高温では苦く、低温では酸味が強調されるというのは、僕自身は経験したことがありませんし、味を変化させるために温度を変えるというのはお勧めできません。


また記事にある「豆の量は一杯につき、約10グラム」というのは「器具によって違う」というのが正しいです。
また、いずれの場合も「一杯」で淹れるというのは抽出原理を考えれば避けた方がいい。
ペーパーやネルといった透過法の抽出では記事のとおり少し多めにすると味が良くなるのですが、その最小量の限界点が二杯分なのです。
一杯分では基本的に豆の量が少なくて充分な味に届きません。
(ドリップバッグをお勧めしない最大の理由もそこにあります)

またサイフォンでは決められた粉の量より多く入れると味が濁ります。
浸漬法(フレンチプレスなど)では指定通りの量と時間を守ることが肝要です。


嗜好品で正解がないからこそ、やっていることの理由を知っておいたほうがいい。
僕はそう思います。

2016年7月13日水曜日

幻のコーヒー「コピ・ルアック」を淹れてみたら・・・

幻のコーヒーと言われる「コピ・ルアック」については、度々取り上げているのですが、論旨がこんなだから、

幻のコーヒー「コピ・ルアック」のこと:Cafe GIGLIO Blog

実際に入手するには至っておりませんでした。

で、今回お客様が「コピ・ルアック、お土産でもらったから飲んでみようよ!」と持ってきてくださったので、一緒に飲んでみました。


バルブ付きの袋に入っていました。
200グラムです。
ローストはミディアムと書いてあって、焼色は薄いですね。

さっそく淹れてみましたが、インドネシアからのお土産として買ったものなのでしょうから、当然鮮度は望めません。
思った通り、まるで膨らまないところをなんとか抽出して、持ってきてくださったお客様にお出しすると「酸っぱい!」と悲鳴が。

飲んでみたら本当に酸っぱかったです。
膨らまなかったところからみて、多少の酸化も疑えますが、焙煎の浅さが主要因と思われます。

しかしお客さんの評価は、
「コピ・ルアックって酸っぱいんだー」
と。

まあ、そうなりますよね。
おそらくマンデリンだって、この焙煎度なら多少は酸っぱくなるでしょうが、きっとここまでではないでしょうから、酸味系の豆と言って間違いではないでしょう。
しかし問題はそこではないのです。

このコピ・ルアックというコーヒーが幻のコーヒーと呼ばれるのは、森のグルメ、ジャコウネコがおいしいコーヒーチェリーだけを選んで食べるため、その糞から取り出されたコーヒーチェリーの種子=コーヒー生豆も高品質である、というところにあります。
また、消化のプロセスで独特の香りが、などという宣伝文句を聞いたことがありますが、そのどちらの要素も残念ながらこのコーヒー豆から感じることはできませんでした。

あまりにも残念な味で、納得がいきません。
このようなコーヒーが幻のコーヒーなどといって、世界中で珍重されるなどということがあるでしょうか。
もしかしたらこの焙煎度の豆で味の評価を下すのは、フェアでないかもしれない。
少量の再焙煎は、うちの5Kg釜では難しいのですが、何か方法を模索してみようかと今考えています。

※2016.7.20追記
結局、ハゼ音を頼りに5kg釜で追い焙煎してみました。
少量焙煎は現物が目視できないので、ちょっと追い込めなかったですが酸味は消すことができました。
抽出の時の膨らみも復活できたので、味の判別に足る焙煎度になったと思います。

味は、ちょうどうちで扱っている「パプアニューギニア・シグリAA」と同じような感じで、そういう意味ではブルマン系の味ということになりますね。

2016年6月6日月曜日

営業時間はお客様との大切な約束

僕の古い無印良品の自転車は、年に一回はパンクする。
今年もさっそく前輪が萎んだ。


いつもお世話になっている近所の小さなサイクルショップに、10時開店をホームページで確認して、10時をめがけて出かけた。

自転車を押してたどり着くと、「本日10時半開店」と貼り紙がしてあった。
そのまま自転車を押して帰ってきた。


調べるだけではなくて、電話もすればよかったのかもしれない。
しかし、それではあなたが掲げた営業時間は信用できないので、と言っていることになってしまう。
個人でやっていれば、どうしても繰り合わせのつかない用事ができてしまうこともある。
そんな時、休まざるを得ない店主はお客様にとても申し訳なく思っているものだ。
電話をしてわざわざ謝らせることもないだろう。
日を改めて行けばいいことだ。


それにつけても営業時間というのは、顧客と我々の基本的な「約束」なんだと思う。

2007年に開業した頃、僕もそのことがよくわかっていなくて、製造量の調節のためなどに時折営業時間を短縮したりしていた。
ある日、遠くからわざわざいらしたお客様からメールを戴き、この約束はとても大切なものだと気が付いた。

それでもやむなくその約束を違えざるを得ない状況というものはある。
小学校の運動会などは、親が食事を届けるということがプログラムとして組み込まれているので、どうにもならない。
なるべく店を閉めている時間を短くしようと、午前中だけお休みをいただいて、お弁当を届けて、午後から開店したりした。

そこまでしても、娘が小学校を卒業して3年以上経った今でも、他の日には何年も来ないのにわざわざ運動会の日を選んでやって来て、今日は運動会だから休みだと思ったわ、などと皮肉を言いに来るお客様もいらっしゃるくらいだ。
きっと閉めていた二時間の間にいらっしゃって、がっかりされたことがある方なのだろう。


個人で事業を営むことが難しい時代なんだと思う。
システマティックなビジネスモデルで運営された、便利で洗練されたサーヴィスに慣れた人たちは、個人の手によって作り出される温かいが、その代償としてお客様にも少しの不便を分けあっていただくぎこちない振る舞いに我慢できなくなるのかもしれない。

さいわい、わたしたちには、そのようなぎこちなさもこの店の魅力だと言ってくださるお客様がたくさんいらっしゃる。
大変ありがたい事だと思っております。
ですがそれに甘えず、営業時間はお客様との大切な約束であることを肝に命じてやってまいります。



2016年5月14日土曜日

ドリップバッグを淹れてみる

いつもお世話になりっぱなしの恩人から、不意に小包が届いた。
封を切ってみると、ドリップバッグが入っていた。
最近お気に入りのカフェのもので、研究材料にお使いください、と書いてあった。


せっかくの機会なので、ドリップバッグについて考察してみたい。
抽出原理を考えると、ドリップ(透過法)の名がついているが、明らかに浸漬法に分類されるものだ。
このドリップバッグの販売元は、そのことがよくわかっているようで、「2分間漬け込んでください」の注意書きにわざわざピンクのマーカーを引いてあった。

通常フレンチプレスタイプの浸漬法は4分間を標準とするが、ドリップバックは注湯の方法だけがドリップ式で、これに2分かかるため、浸漬時間を2分としたのだろう。
合理的だ。

内容量は8gとある。
こちらも標準的な浸漬法の一杯分の分量。基本に忠実だ。
さてこの「一杯分」という言葉が、ここでは最も注意を要する。
コーヒーの世界ではあくまでも一杯分は120ccが基本。
ドリップバッグは直接カップに抽出するため、120ccのカップを用意する必要がある。




これが我が家で使っている120CCカップ。
ジノリのホテルラインと呼ばれるもので、業務用に作られていて一般には入手しにくいものだが、シンプルでとてもいい。

これにセットしてみる。




蒸らしの指示があるが、KONO式の抽出に慣れている方はその限りではないだろう。慣れたドリップの方法そのままに注湯すればいいと思う。

静かにお湯を入れて、しばらく待つ。
最後にドリップバッグを抜くわけだから、少し多いかなと思うくらいまでお湯をいれておく。


2分経ったら出来上がり。

このコーヒーには、浸漬法っぽさはない。
浸漬法を特徴付ける油っぽさはバッグの紙に吸収されるし、もちろん微粉もないのだから当然だ。
個人的にはやはり、たっぷり粉を使って、重力の力も借りて灰汁の混入を排除する透過法の味が好きだが、その透明感にはやや欠けると言わざるを得ないが、それがこの手軽さの代償ということなのだろう。


2016年5月9日月曜日

アイスのカフェ・オ・レはございません

本当に時々だが、カフェ・オ・レ、アイスで。と頼まれることがある。
普通の喫茶店では普通にあるメニューなんだと思うが、当店にはございません。

カフェ・オ・レを冷たくすることは出来ないからだ。
なんとなれば、一度温めた牛乳をまたアイスで急速に冷やすことで、とんでもなく不味い乳脂肪のカタマリを作ることになってしまうから。

だから普通、濃く作ったコーヒー液を冷たいままの牛乳に混ぜることになる。
これってアイスコーヒーに牛乳入れただけでしょ。

字義に反したネーミングで呼ばれる気持ち悪さもさることながら、一度濃く作ったコーヒー液を氷で(つまり薄める方向で)冷やして、それをほぼ等量の牛乳と混ぜて飲料を作るという、間に合わせの対症療法の気持ち悪さが、それをメニューに載せることを思いとどまらせる。

正しいか、正しくないかというのではなく、生理的に許せるかどうか、という問題なのかもしれない。


1990年代に「シュルツの」(ココ重要)スターバックスが、産業としての歪なコーヒーフレーバー飲料を世界に広めるまで、冷たいコーヒーは比較的合理的なカタチで世界中で提供されてきた。

ラテンヨーロッパ圏ではエスプレッソの温かいカップに氷入りのグラスが一緒に提供される。
ゲルマン系では、温かいコーヒーの上にアイスクリームを載せて供される。
アメリカでは普通のホットコーヒーを氷入りグラスに入れて作る。

材料としての冷たいコーヒー液が生産されるようになって、飲料の世界はヴァラエティは得たのかもしれない。
しかし引き換えに失ったものも大きいと思う。

2016年4月30日土曜日

札幌の道路は怖い

カフェジリオの最も遠来の常連さんは静岡の方だが、例年、GWや夏冬の連休には欠かさず札幌観光にいらっしゃって、その度にうちにも寄ってくださる。
札幌市民としても、カフェジリオ店主としても大いに感謝申し上げる次第だ。

しかし、大変申し訳無い気持ちもある。
数年前、そのお客様が札幌市の肝いりでやっているレンタル・サイクル「えきチャリ」を利用して市内観光なさった際、なんと真駒内に向かう途中で、警察に職質をかけられたそうなのだ。

そのような職質は、通常盗難自転車を疑うために行うものだと思うが、えきチャリには遠目からでもわかるステッカーが貼ってあり、実際職質をかけてきた警官も認識をしていたそうだ。
えきチャリが盗まれたという届け出でもあったのかと思い、警官に聞いても、別にそういうわけでもないとのこと。
むう。観光都市を目指す札幌市の警察が観光客を不愉快にしてどうするのだろうか。



近所のスーパーに向かう途中、黄色から赤信号に変わる間際に停車しようと減速した車を対向車線から追い抜いて赤信号の交差点に突っ込んでいった車がいた。
舗道から見ていても身の危険を感じるほど、切迫した追い抜き行為だった。

スーパーに着くまでに前照灯が片側切れている車を2台見かけた。

ざっと7割ほどの自転車が車道を逆走していった。

Uターン禁止の上り下り4車線の幹線道路を道幅フルに使ってUターンしたタクシーがいた。

その広い道路の信号のない箇所を、覚束ない足取りで走って渡る高齢者を二人見た。

マンションの駐車場に停めるために短い距離ではあるが交差点近くの道路を逆走してあわや対向車と正面衝突か、という現場を見た。

スーパーの駐車場を通りすぎてしまって、バックで入り口まで戻ろうとした車が、後続車に追突された。

うん、今日はちょっと変なシーンに多めに行き当たった気もするが、どれもよく見るシーンではある。


東京で運転をおぼえた自分には札幌の道路はとても怖くて、他にもいろいろ理由はあるが、僕は車を手放してしまった。
交通事故死日本一も至極当然の帰結だと思う。

そしてそれを変えていく手段は、警察署の窓に安全運転のポスターを貼ることではなく、ましてや観光客の使う自転車をチェックすることでもないはずだ。


その常連さんも札幌が大好きで、長い休みの度に静岡から札幌に小旅行にいらっしゃっているのだ。
その大の札幌ファンに自信をもって「また来て下さい」と言える街にしたいよね、ぜひ。

2016年4月5日火曜日

その豆は「熟成」されているのか

今朝街を歩いていたらこんな看板に出会った。


ローソンの店頭に掲げられていた。

「ちゃんとつくったコーヒーはおいしい。」
真理ではないか。

別に他所様のコーヒーの宣伝をしてあげる必要もないが、サイトの説明がいまいちピンずれなので補足しておきたい。
実はけっこう他人事ではない。

ここでいう「ちゃんとつくった」のはローソンさんではなく、ブラジルのミナスジェライス州にあるイパネマ農園さんである。
つまり豆がいい、と言っている。

どういいのか、と言うと「熟成豆」だと言っている。
そして解説サイトでは、トゥーリャという木製貯蔵庫で15日間「熟成」させているから、この豆がうまい、と説明している。
が、すこし説明が不足しているように思う。


トゥーリャで寝かせているということは、天日乾燥をしていないということだ。
なぜ天日乾燥をしなくていいかというと、「樹上で完熟させているから」なのである。
この豆が「ちゃんとしている」ポイントはこの樹上完熟=Dry On Treeにある。

一般にコーヒー豆は、チェリーとして成熟した状態で収穫し、天日乾燥か水洗槽で実を剥ぐ。
樹上完熟の場合には、実が熟しきって完全に乾燥してしまうまで、枝についたままでいるため最後の最後まで養分が送られて、それが味に影響する。
しかしこの農法は管理が難しい上に、味覚上のメリットも決定的とはいえない差しか出てこない。
とは言え、管理が難しい故に「ちゃんと」作らなくてはいけないので、自然とバラつきのない製品が出来上がるのも事実で、昔からヨーロッパで高く評価されてきた農法だ。
つまり、まあ言ってしまえば、味のために採用したこの農法が、「ちゃんとしている」ことを要求する、というのが正確なところだ。
ややこしくてすまない。


僕がはじめてこの農法を知ったのは、日本から大規模農園を夢見てブラジルにわたった島野氏が設立した「トルマリンコーヒー」を導入したのがきっかけだった。
島野さんの農法の特徴がこのDry On Treeだったのである。

しかしその第一人者にしても広大な農園の全数を樹上完熟で作ることはできず、ほんの少量にとどまって、その分高価だったが、本当に美味しいコーヒーだった。
残念ながら今では、この農園も廃業されたと聞いた。

しかし、島野さんに樹上完熟農法を学んだ人は多くいたと聞く。
うちでもそのひとり、バウ農園の「フクダトミオ」を扱っている。


もちろんフクダトミオでもトゥーリャが使われていて、木製貯蔵庫で行われているのは、天日乾燥を行わない工程上の都合で、文字通りの熟成とは少し意味合いが違うが、樹上で完熟している効果か、味はやはり「まろやか」な印象がある。

「ちゃんとつくった」と一言でいってもこのくらいの背景がある。
大昔、缶コーヒーのCMで使われた「荒挽き、ネルドリップ」というキャッチコピーが、無条件に荒挽きの方が「こだわっている」的なイメージを撒き散らかしてしまったように、広告の言葉は不用意に使われて一人歩きした時に危険なので、今回は「熟成豆」という言葉に警鐘を鳴らしておきたかった、というのが本当のところだ。



2016年4月1日金曜日

深煎りコーヒーのカフェインは少ないか

深煎りの方がカフェインが少ないんですよね、とお客様に言われた。

結論から言えば、カフェインは、焙煎によって最も変化しにくい化学物質のひとつである。
店先で出来る話でもないので、ここで少し詳しく解説しておく。


加熱によって物質が「減少」するというのは、昇華から蒸発にかけての変化のことだが、カフェインの昇華温度は178度からで融点までいっても238度にしなくてはならない。
この熱には植物としての珈琲豆が耐えられない。

ミディアム・ロースト(浅煎り)の仕上がり190度前後から、フルシティの205度前後までの差でどれほどの昇華度の差があるか、という話である。
融点までの昇華量も数%というから、おそらく有意な差は見いだせないだろう。
その差よりも、間違いなくコーヒー豆の個体差の方が大きい。

カフェインは、コーヒーの苦味の中核を担う物質である。
焙煎度が深まるとコーヒーは苦くなるため、まず深煎りコーヒーはカフェインが増える、という噂が広まった。
ここまで読んでこられた方には、すぐお分かりになることだが、これは明らかに間違っている。
で、この間違いを正すために、むしろ加熱はカフェインを減らす傾向にあるという言説が語られはじめ、程度の問題を実証した人がいなかったので、深煎りはカフェインが少なくなる、という話になってしまったのである。

2007年に東京薬科大学の岡先生が実験をしてくださるまで、この「誤解」は続いた。
しかしこの真相は、カフェインの変化量はコーヒー豆の個体差に沈む、というわかりにくい、というかもっとはっきり言ってしまえば面白みのない結論であるため、人口に膾炙しないまま放置されている。

しかし本当の問題はそこではない。
なぜ、美味しいコーヒーを飲みたいはずの消費者が「カフェインの量」なんかを気にするのか、ということだ。
これはもちろん、近年とみに脚光を浴びているコーヒーの薬効性に鑑みてのことだろう。
コーヒー・ポリフェノール=クロロゲン酸がもたらす様々な薬効は、いちいちここでは取り上げないが、せっかくの健康飲料コーヒーに入っているという、鬼っ子の刺激物「カフェイン」をなるべく摂らないでおこうという発想なのだと思う。

健康機能があるとわかれば、よりそれを追求したくなるのが人情であって、なるべくクロロゲン酸を壊さない「浅煎り」スタイルが急速に市民権を得ているが、お客様の多くはコーヒーの好みを尋ねれば、たいてい「酸っぱいのはちょっと・・」というわけで、嫌いな味を我慢して薬効を飲むというのは本末転倒ではないだろうか。
ましてやコーヒーの味の本体であるカフェインを摂るまいとするのは。

美味しいコーヒーを毎日飲んで、ついでに健康にもいい。
これでいいのではないだろうか。
真剣に薬効を必要とするような状況ではコーヒーの味も楽しめないのだから。



2016年3月23日水曜日

粗挽きはやめておきなさい

開業前に一年かけてコーヒー修行をした。
市民講座やカルチャースクール、雑誌社主催のセミナーなどからはじめて、三つほど本格的な珈琲塾にも入塾して学んだ。

いろいろ学んだが、真理だなと思ったのは「そこに10人コーヒー屋がいれば、10通りのことを言う」という一言だ。
器具の優劣、湯の温度、焙煎機の方式やバルブの使い方など、多岐にわたって、本当にいろいろな意見と理由があるものだなと思った。
しかし、不思議と挽き目の細かさに関してだけは、どの先生も一貫して「中細挽き」を採用して、器具を変えても特に挽き目を変えることはなかった。

中細挽きとは、カリタの電動ミルでも、FUJIローヤルみるっこでもメモリを3.5にセットすればいい。
これを手動のミルでやろうとすると挽き目を毎回同じにするだけで大変だ。
電動ミルをお薦めする理由のひとつだ。



僕自身の約十年の経験で言うなら、挽き目を「中細挽き」に固定することには合理的なメリットがあると思う。
多くの同期生とコーヒーを学んで、同じ豆を同じように挽いて、同じ器具で淹れたコーヒーを嫌というほど飲み比べたが、本当に嫌になるくらい味が違う。
さらにその後先生の淹れたコーヒーを飲めば、これが本当に同じ飲み物なのかと思うくらいだ。
そして、ここまで同じ条件でコーヒーを淹れているのだから、違う箇所はドリップの手加減しかないはずなのだ。

だから、先生が淹れているのを凝視して、湯の細さ、タイミング、粉の状態変化などを研究した。
例えば、注滴の前にコーヒーの粉をなるべく平らに均しておくといったような「コツ」に類する部分はすぐに真似できる。
しかし、湯を注いだ後の粉の変化に対応して注湯部分を変えていくような「ワザ」はなかなか会得できない。
経験を積むしかないのだ。
そのような言語化さえも困難な「ワザ」が要求される局面では、なるべくその他の変数は無い方がいい。
おそらく粉の挽き目などは真っ先に固定しておくべきものだろう。
そして、手先が不器用で「劣等生」だった僕でも、中細挽きでならなんとかまともなコーヒーを淹れられるようになったのだ。
相当器用な人ならもしかして、粗挽きでも充分味を出せるのかもしれない。
しかし、そこに何の意味があるのだろう。
ドリップで美味しいコーヒーを淹れるには、少なくとも目玉焼きを美味しく焼く程度には「技術」が必要だと思う。その技術だけに集中するために変数は少ないほどいい。
「コツ」に類する部分は、科学的な根拠に沿ってなるべく固定するのがいいはずだ。
挽き目に関しては、中細挽きがいいと思う。
根拠に関しては、こちらの記事に一度まとめてある。
Cafe GIGLIO Blog:「粗挽き、ネルドリップ」ってうまいのか

YouTubeなどにもコーヒーを趣味とする人たちが自分の抽出を動画にして上げているのをよく見かけるようになった。
そこでは驚くほど多くの人がドリップなのに「粗挽き」でコーヒーを淹れている。
「今日は粗挽きにして、すこしゆっくり目に淹れてみます」などと解説しながら淹れているのだ。
もう開始20秒くらいで粉が白くなって露出オーバー(写真の「露出」ではなく、コーヒー豆の味が出きってカスカスになった状態を個人的にそう呼んでいます)になっている。
それはそうだろう。
湯に漬け込んで抽出する「浸漬法」(=プレスやサイフォン)を使う時、この方式では灰汁が入ったまま仕上がるので、それを抑えるために粗挽きにするのであって、ドリップの味を変えるために採用する方法ではないのである。

それでも確かにそうすれば味が変わるのは事実であり、それを楽しむ趣味の範疇でやっていることなので、とやかくは言うまい。
しかし一般の人は、オーディオマニアよろしく音楽ではなく、音の変化を楽しむような趣味は無く、美味しいコーヒーの淹れ方を知りたいだけなのではないだろうか。

そんな時、人は器具のトリセツを読むはずで、しかし実際トリセツは読まれないのが常だ。
そう思って、改めてKONO式ドリッパーのトリセツを読んでみたが、書かれた時代が古いのか、当のKONO式珈琲塾で教わったことと違うことが書いてあったりするのだから、これはもうどうしようもない。
ミルの方のトリセツも読んでみたが、どんな器具ならどの挽き目という解説も書いていなかった。
ネットでは、わりと多くのユーザーが、みるっこの挽き目を「6」にセットしていると書いてあったが、これはかなりの粗挽きになる。
味は充分に出せているのだろうか。
うーむ。

トリセツはあてにならないようなので、とりあえず一言だけ申し上げておく。
粗挽きはやめておきなさい。

2016年3月21日月曜日

カフェジリオ、9周年を迎えました。

2007年3月21日に、この宮の森の地にカフェジリオを開店して、今日で丸9年になりました。ご愛顧頂きましたお客様や、支えていただいた関連各社の皆様に心より感謝申し上げます。

たった二人で運営しているこの小さな事業は、グローバルになってしまった世界経済の影響に翻弄され、食材と利益の確保に四苦八苦する日々ではありました。
人気商品を支えてくれていたチーズが生産中止になり、フランス製のカシスピューレが農薬の問題で輸入禁止になり、独特の風味を持つ生クリームを生産していた工場が閉鎖になり、味と価格のバランスのとれた希少なコーヒー豆はコーヒーメジャーに買い占められて高騰しました。
その度に代替え品を探し、調理法を工夫し、それでも凌ぎきれなくなって携帯電話を解約したり、自家用車を手放したりはしたものの、なんとかここまでやって来れました。
おかげさまで、としか言いようがありません。

僕がコーヒーの修行をした珈琲サイフォン社は昨年で90周年だったそうですから、まだその十分の一かと思うとその先の道程には目眩がしそうですが、我々の最初のDecadeの締めくくりの一年を頑張って参ります。
引き続きのご愛顧をよろしくお願い致します。


2016年3月20日日曜日

サードウェーブとスペシャルティコーヒーの混同

昨日届いた夕刊を見て、間違って古新聞が配達されたのではないかと思った。
一面に、コーヒーに「第3の波」とあったからだ。


もちろん第3の波=サードウェーブは、今到来したものではない。
米国発のサードウェーブ・コーヒーの到来はブルーボトルコーヒーの日本上陸と定義していい。
最初にその意義も含め詳細にレポートされたのは2014年7月のWIREDだろう。

WIRED VOL.12 (GQ JAPAN.2014年7月号増刊)

コンデナスト・ジャパン (2014-06-10)

本ブログでも記事で取り上げている。
→「コーヒーエンジニアリングの時代と、アイスコーヒーの真理」
 
サードウェーブという言葉そのものは、もちろんアルビン・トフラーの主著「第三の波」からの引用で、これは農業(新石器)革命、産業革命に続く情報革命の到来を予見した大ベストセラーである。
米国のコーヒー界に起きた歴史的革命を、ボストン茶会事件(アメリカン・コーヒーの発祥)、スターバックスによる深煎りコーヒーの爆発的普及を経て、自家焙煎&ハンドドリップの高品質コーヒー時代の到来になぞらえているわけだが、実に上手にトフラー歴史観のニュアンスを掴まえていると思う。

折角の機会なので、少し詳しく解説しておく。

ボストン茶会事件(ボストンちゃかいじけん、英: Boston Tea Party)は、1773年12月16日に、マサチューセッツ植民地(現アメリカ合衆国マサチューセッツ州)のボストンで、イギリス本国議会の植民地政策に憤慨した植民地人の急進派が港に停泊中の貨物輸送船に侵入し、イギリス東インド会社の船荷である紅茶箱を海に投棄した事件で、アメリカ独立革命の象徴的事件の一つである、とwikipadiaに書いてある。
当然のことながらこの事件の後、茶は民衆の飲み物としては入手しにくい状況になった。
代替え品として、「浅く焙煎して」茶に味を似せたコーヒーが飲まれるようになり、これがアメリカン・コーヒーの起源であり、 爆発的に消費量が増えたきっかけなのである。
このことがブラジルをはじめとする南米系の大産地を育てることになるのだから、まさに始原的革命なのだ。

しかしあくまでも茶の代替え品として焙煎されているわけだから、コーヒーとしての味は十全に引き出されてはいない。
ここに疑問を持ったのがアルフレッド・ピートという男で、子供時代住んでいたオランダで親しんだ深煎りコーヒーをアメリカでも楽しめるようにすべきだと考え、1960年代からコーヒー焙煎の仕事を始め、1966年に独立店舗としてピーツ・コーヒー&ティーをバークレーに開店した。ピーツの深煎りコーヒーは人々の心を囚え、70年代、店には長蛇の列ができるようになったが、その中にスターバックスを開業する三人がいた。

ピートに焙煎を手ほどきしてもらい開業したスターバックスは、80年代にジョインしたハワード・シュルツによってエスプレッソ中心のラインナップへの変更を提案されるも、これを拒否。あくまでも深煎り焙煎の豆売店という基本路線を貫いた。
しかし、シュルツは退社してイル・ジョルナーレを開業。エスプレッソのテイクアウトで大成功し、その資金でなんと古巣スターバックスを買収してしまう。
その後、茶の代替え品でしかなかった米国のコーヒーに本来の味を取り戻し、圧倒的に洗練されたオペレーションで展開された店舗はあっという間に全米を席巻し、その嵐は世界をも巻き込んだ。
産業革命の成立経緯を考え合わせると、そのアナロジーの見事さに感心する。まさにコーヒーの産業革命ではないか。

そして、ブルーボトルコーヒーの登場である。
サンフランシスコの小さなカフェでひたすら焙煎の実験を繰り返し、美味しい珈琲を追求していたジェームス・フリーマンの作る珈琲のモデルとなっているのは、「黒船」スターバックスの上陸以来淘汰され続けた日本の喫茶店の中から、焙煎と抽出の科学(経験ではなく)を背景に出てきた新世代のコーヒー技術者たちだ。
 ブルーボトルコーヒーが世界から注目されている理由は、ブライアン・ミーハンというマネージャーがアップルを始めとする テック系出身の大物投資家を口説いて出資させているというニュースバリューにもあるが、この「理詰めの」コーヒーは、そのようなシステムとも親和性が高い。
まさに、トフラーのいう情報革命という「現象」によく似た構造を持っている。

だから、北海道新聞が指摘する「現象」は、ジェームス・フリーマンが逆輸入した日本の科学的コーヒーによる「再評価」と言っていいだろう。



しかし新聞で解説されていたサードウェーブは、スペシャルティコーヒーの定義そのもので、このコンセプトは少し出自が異なるものなのである。

スペシャルティコーヒー(=Specialty Coffee)という言葉は、1978年にフランスのコーヒー国際会議で、米国のロースターによって提唱されたもので、産地の違い(土壌、気温、湿度、標高など)が、コーヒーの味の差である、という産地重視のコーヒー産業界の再構築を目的にしていて、ワインという偉大な先行産業を視野に入れた提言と思われる。
この後、世界各国でスペシャルティコーヒー協会が設立されオークション・システムなどが確立していった。
現代の高品質コーヒーはこの流れから出てきたものだから、サードウェーブと無関係とはいえないが、スペシャルティコーヒー=サードウェーブという考え方には少し無理があると思う。

コーヒーという作物は、世界を覆う「格差」という、コロニアリズムの負の遺産を象徴していて、ゆっくりとだが改善に向かいつつも、大資本によるコーヒー市場の独占という新しい問題にも晒されている。サードウェーブはこのような経済効率一辺倒の社会に一矢報いる新しい動きでもある。
この記事が「一杯千円でも人気」と結ばれては、コーヒー産業再構築の流れを担うサードウェーブも起こし損ではないか、と心配になってしまう。

2016年3月19日土曜日

ミルをFUJIローヤルのみるっこDXに変更しました

先日、開店以来使ってきたカリタのコーヒーミル「ナイスカットミル」が壊れた。
モーターが焼き付いたようだ。

まる9年も毎日、この店で提供するほぼすべてのコーヒーを挽いてきたのだ。
お疲れ様でした。

しかし間の悪いことに、ナイスカットミルは廃番になることが発表されたばかりで、市場は在庫薄。
また、次期商品を開発中とのことで、そちらを待ちたい気もする。
先日発表されたばかりのナイスカットミルNEXT-Gもめっちゃ気になる。

ナイスカットミル NEXT G グリーン
カリタ
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とりあえず、10年前にKONO式珈琲塾を卒業した記念に買った、KONO特別仕様の富士珈機製「みるっこDXーR220」を使うことにした。


KONOのコーポレートカラー(というより社長の趣味)のイエローボディに、横っ腹にはKONOのロゴが入っている。






河野社長がカスタマイズした特性の臼刃がついているのがウリだったが、今は標準で選べるようになったようだ。
おまけに、堀口珈琲工房や、日本カフェブームの立役者、鎌倉の「ヴィヴモン・ディモンシュ」が、同じオフホワイトの特注カラーなんかを出していて(現在は品切れ中みたい)、なんかそっちの方がカッコいいじゃないか。



ま、でもやっぱこのエンジのがスタンダードでいいみたい。




強力で、回転の安定したモーターが入っていて挽き目が揃う優秀機なのだが、ひとつ大きな欠点がある。それがこの粉受け。


樹脂製で、盛大に静電気を発生する。

容器内に粉がびっしり貼り付いて落ちてこない。
これでは、客数をこなすことができない。

このミルは業務用を視野に入れてはいるが、もともと一杯分ずつ挽くことを想定していないのである。
それはこのカタログ写真を見ればわかる。

買ってきた豆を一度に全部挽いてしまうように、蓋ごと取れる容量の大きな粉受けと、大量の豆を素早く挽ける高速で強力なモーターを備えているのである。
しかし、現代のコーヒー店でこのような挽き方は考えられない。
一回分ずつ挽くために、このようなステンレス製のカップを使っている人が多いと思う。




これは、DULTONという会社のステンレス製マグカップで、KONO式珈琲塾を卒業した後にお世話になった堀口珈琲工房の教室で使っているのを見かけて買った。
開店した2007年当時、多くの喫茶店でこれを使っているのを見かけた。
カリタのナイスカットミルに高さがぴったりなのだ。
あまりにみんな使っているからだろう、ナイスカットミルのシルバー版が出た時には同様のステンレスカップに仕様変更された。

ところが、みるっこDXにはちょっと高さが足りない。
しかも超強力なモーターの風圧で粉が飛んでしまう。

粉を受けるときは、このようにカップを持ち上げて迎えにいかなくてはならない。
で、やっぱり強力なモーターの恩恵と引き換えに、静電気はやはり発生してステンレスでも粉はくっつきます。

淹れる時は、カップをよく叩いて、振って、粉をふるい落としてからフィルターに移しましょう。

2016年3月17日木曜日

コーヒー豆ってひとり分何グラムですか、の誤解。

コーヒー豆を買いに来たお客様の質問で、意外と多いのは
「ひとり分って何グラムですか」
というものだ。

この質問の答えはシンプルで、
「それは器具によって違います」
というものだが、これでお客様の知りたいことにすべて答えたことにはならない。

この質問には、一般の人がコーヒーの抽出に対して知らずに抱えている誤解をいくつも内包していて、 その意味では、コーヒーの抽出の根幹に関わる重要な質問であるともいえる。

まず、前提として
「ではひとり分って何ccのことですか」
という質問を返さなくてはならない。
すると、それは使うカップによって違うでしょう?と思われるかもしれない。
まずここに誤解の第一歩がある。

器具の説明書で言うひとり分は「120cc」のことである。
説明書にそれは明示されていないが、どのメーカーのコーヒーサーバーも杯数のメモリは120ccをベースにしている。
しかし今どきそんな少量でコーヒーを飲む人は滅多にいないだろう。
だからもし、ひとり分は何グラムですよと答えたとすると、 かなりの方が、120cc分の粉で、200ccから220ccくらいのコーヒーを淹れてしまうことになるだろう。
一度ぜひ自分が普段何ccのカップでコーヒーを飲んでいるのかを調べてみるといいと思う。

さらに、豆売り店でレギュラーコーヒーを買う人の多くがペーパードリップを使っていると思うが、一般的なメリタ・カリタ・KONO・ハリオでは、「ひとり分」のコーヒーを淹れることが出来ない、という事実がある。
ひとり分、という言葉が生み出す誤解がここにもある。

ドリップ式は透過法に分類される抽出法だが、これは「重力」の作用で生じる、お湯が下に向かっていく力を利用して、コーヒー豆の中に焼成された可溶成分をこそげ落として抽出する方法なのである。
したがって、重要なのは湯が通り落ちていく「道の長さ」である。
当然それはフィルタの中に入れた粉の「容積」に比例する。
それがひとり分ではどうにも充分にならないのである。
だから、ペーパードリップを使う際には、必ず「ふたり分から」で淹れて欲しい。
これも器具の説明書に書かれていないポイントである。

また、道の長さは容積に比例する、とは言ったが、舟型のメリタ・カリタと円すいのKONO・ハリオではその比例の具合が違う。
また、メリタは最下部に「溜まり」があり、浸漬法の要素を残している。
そのような事情で、メリタは「ひとり分」8gで、カリタは10g、KONO・ハリオは12gと必要量が異なっているのだ。
くれぐれも器具についてきたスクープ(計量スプーンのこと)を使って欲しい所以である。


ただしドリップの場合は、経験上、量が少ない場合には物足りないコーヒーが出来るが、量が多い分には不都合がないようだ。
あんまり粉が多くなれば器具からあふれてしまいいい抽出が出来ないだろうから、加減は必要だが「少し多めに」粉を使うというのは有効なコツだと思う。

反面、浸漬法はこのコツを適用できない。
浸漬法とは、フレンチプレスとサイフォンのことで、トルココーヒーもこれにあたるが、家でトルココーヒーを淹れる人はいないだろう。


これらの器具では正確に分量を守る必要がある。
時間的にも4分ほど漬け込んでおくフレンチプレスや、短時間だが百度の湯で粉を煮立てるサイフォンでは、粉の分量が味に影響しやすいのである。

2016年3月10日木曜日

コーヒーの作法

1962年11月から1963年5月まで、読売新聞に連載された「可否道(かひどう)」という小説がある。後に「コーヒーと恋愛」と改題されたこの小説には、茶道に倣い「コーヒー道」を確立しようと目論むオジサンが出てくる。

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コーヒーの歴史は思うほどには長くないが、それでも世界各国でいろいろな作法を生み出してきた。

例えばコーヒーを来客にお出しする時、取っ手はどちらに向けているだろうか。

会社で接客を学んだ人は、取っ手をお客様から見て左側に向けるように教わったはずだ。
しかしこれは普通に考えれば合理的とはいえない。
何故わざわざ右が利き手人が多いのに、逆側の左に置いて、カップを廻させるのか。

それはコーヒーに砂糖やミルクを入れなくても、スプーンでかき混ぜて温度を下げる、という作法が存在していたからなのである。
音を立てて飲まない、ということが何より大事だったのだ。
まず、右手でスプーンを持ち、左手で取っ手を支えてコーヒーをかき混ぜる。そして、カップを廻して飲む、という手順である。

古く、カップに取っ手がついていなかった時代がある。
そんな時代でもコーヒーや紅茶の温度を下げるというのは作法上の大きなテーマだったようで、 深めの別皿に飲み物を移して飲んでいたそうだ。
それが現在でもコーヒーカップに付いている受け皿(ソーサー)である。


この絵のように、コーヒーや紅茶を飲んでいたんだそうだ。

現代、温度を下げるためにコーヒーをかき混ぜる人はいないだろう。
ましてや、受け皿に飲み物をあけて飲む人がいたら奇異の目で見られるに違いない。
しかし取っ手は利き腕の反対側に置かれ、ソーサーも無くならない。
作法とはそういうものなのだろう。

2016年3月9日水曜日

コーヒーハウスの受難

現在のカフェ文化の大元にあるのは、カフェという言葉がフランス語であることからわかるように、フランスの文化人のたまり場としての「カフェ」であった。

しかし、もし17世紀の英国に「コーヒーハウス」が生まれていなければ、コーヒーを飲ませる場所が街なかの社交場として機能することはなかったかもしれない。
それまで欧州における街の社交場の主役はなんといってもパブやビアホールといったアルコールを提供する場で、人々は昼間っから酔っ払って居酒屋政談などに花を咲かせていたのである。

コーヒー文化はイスラム文化圏からもたらされた。
コーヒーハウスもトルコからの輸入である。
そのせいばかりとは言えないだろうが、近世(early modern period)においては、キリスト教圏よりもイスラム教圏のほうが洗練度の高い文化的生活を送っていたと、島田裕巳氏の「教養としての宗教事件史」にも書かれていた。

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酔を伴わない社交場を得たことで、欧州は理性的な議論の日々を持ち、コーヒーハウスの人気は高まった。

おさまらないのは顧客を奪われたパブやビアホールの経営者である。
彼らの怒りの矛先はなぜか「コーヒー」に向かい、1663年に「一杯のコーヒー、あるいはコーヒーの本質」という非難声明が出される。

「忌まわしき飲み物」「煤のシロップ、古靴の煮汁」「キリスト教徒をトルコ人に変える」などという文言が並び、キリスト教徒ならワインを飲めと結んでいる。
事実、1600年頃にクレメンス8世がコーヒーに洗礼を与えて、コーヒーの存在をキリスト教世界に迎え入れるまで、「キリスト教徒の聖なる飲み物であるワインをイスラム教徒は飲めないため、悪魔からコーヒーを与えられる罰を受けている」として、「悪魔の飲み物」にあたるコーヒーの飲用は教会で禁じられていたのである。
アルコールの販売で身を立てる者たちがコーヒーに抗議するため宗教の威光を借りたという格好だ。

そういう意味では当時、コーヒーとワインは、対立する二大一神教の名代だったとも言える。
現代においてこのふたつの飲料が、ともにポリフェノールの効用でさまざまに健康に寄与していることは、皮肉なことにも思えてくる。

そのような心理的背景から、後にフランスにもコーヒーが持ち込まれた時、その毒性を中和しようとコーヒーに牛乳を加える飲み方が流行した。これがカフェ・オ・レの始まりである。
現代では純粋にコーヒーとミルクのハーモニーを楽しむために飲まれている方が多いと思うが、なんとなく体に優しいのではないかという感覚があるのは事実だろう。
長い時間をかけて作られてきた観念というものはなかなか変えられないものだ。


コーヒーに抗議をしたのはアルコール販売者だけではない。
同じ頃、「コーヒーを難じる女性からの請願」なるものが世に出ている。
副題に「萎えさせ衰弱させる飲み物の飲み過ぎによりて、性生活に生じたる大いなる不如意を世間に問う」とあって、まあこの副題を読んだだけでだいたい内容はわかる。
カフェインと性生活との間に医学的な関連性は見いだせないから、コーヒーハウスに入り浸りで家に寄り付かない旦那さんを非難するための言いがかりというところだろうか。

ところが、あろうことか国王チャールズ二世がこれを真に受けて、コーヒーハウス封鎖令を布告したものだから国内は大騒ぎ。
結局、3000軒にもなっていたコーヒーハウスを封鎖すると税収に大打撃があるとわかって、これを10日間で撤回してしまった。
この歴史的失政のあと、コーヒーハウスへの非難は下火になっていく。


ところで、このコーヒーハウスが生み出した習慣がある。
それが飲食店やホテル、タクシーなどの接客者に渡される「チップ」という習慣で、これは当時コーヒーの値段が1ペニーと非常に安価で、店員の給料が出ないことから「確実に素早いサービスの対価(To Insure Promptness)」と書かれた箱が置かれ、客がそこに投げ銭を入れるというシステムが出来た。
この頭文字をとってTIP=チップと言うのだそうだ。

日本ではこのチップという習慣はないが、世界中どこでもコーヒーを飲ませる場所というのは安価で長時間いられるようになっている。
社交場が男性たちを家に寄りつかせないほどの魅力を放っていた時代にはそれで成立したビジネスも、娯楽に満ちた現代ではなかなかに厳しい。
「黒船」スターバックスの到来で、より洗練された「場」を安価で提供されるようになると、旧来型の喫茶店は「味」の追求という方向転換を迫られた。
これこそが現代のコーヒーハウスの受難。

しかしこの日本型の新しい喫茶店像は、まわりまわってアメリカのサードウェーブを生み出すモデルとなったのだから、なにごとも受難こそが成長の源泉ということなのだろう。


2016年3月8日火曜日

コーヒーの「名前」についての雑談

コーヒーのわかりにくさ、というのは飲料の素材となる「豆」の名称にも表れている。

「モカ」は、大英帝国が、東インド会社を置いたイエメンのモカ港からイエメン産(マタリなど)とエチオピア産(ハラーなど)の豆を輸出していたことからその名がついた。
現在、すでにモカ港自体がなく、農園単位でコーヒー豆が取引される実情に合わないため 「モカ」の名で商品が売られることはなくなり、その後列強が世界中に拓いた植民地で作られるコーヒー豆の多くは、「国名」+「地域名または農園名」で呼ばれるようになった。

ちなみにカフェジリオでは、モカに相当する豆は、エチオピア・イルガチェフェというのを扱っている。これはイルガチェフェ村の産という意味だ。

しかし困ったことに、飲料としてのコーヒーの味を決定づける「焙煎度」にも国がらみの言い方が存在する。
フレンチやジャーマン、イタリアンといった具合で、フレンチとジャーマンは同じ焙煎度でフルシティ・ローストの少し上、イタリアンローストはエスプレッソ用でさらに深い。

9年前にこの店を開いたとき、もうスペシャルティ・コーヒーもずいぶん浸透した頃だと思っていたが、実際にはそれほどではなく、よくお客さまに「あら、エチオピアやタンザニアはあるのにジャーマンはないのね。狸小路の○○という店のジャーマンが好きなのに」などと言われたものだ。

さらに地域(部族)名がそのまま通称になっているマンデリン(インドネシア・スマトラ島)やブルーマウンテン(ジャマイカ) のようなものもあって全部が全部国の名前で売られているわけでもなく、とは言え、戦後すぐにコーヒーの世界に入ったレジェンドっぽい人なんかは、マンデリンなんて言い方は駄目でスマトラ・アラビカが正しいと言い募ったりするが、それも一般的とは言えない。

最近では、パナマのオークションでエスメラルダ農園のゲイシャ種が史上最高値を付けて話題になり、原種に近い古い栽培種の「ゲイシャ」の名がついたコーヒー豆が市場を席巻したこともあった。

さらにさらに、ジャコウネコがコーヒーの実を食べた糞の中から未消化の種を取り出して焙煎する「コピ・ルアック」(コピ=コーヒー、ルアック=ジャコウネコ)というのまである。



もうひとつ困るのは、所謂「アメリカン・コーヒー」というやつで、はじめて当店においでになるお客様で、メニューを見ずに「あ、アメリカンね」という方は今でも一定数いらっしゃる。
この場合のアメリカンは「薄いコーヒー」の意味だろうが、由来から言えば、アメリカンというのは焙煎度の浅いコーヒーなわけで、やっかいなことにダイエットなどに効果があるというホントかウソかわからんような話を真に受けて浅煎りコーヒーを探している人なんかもいるもんだから、困ってしまう。
ま、可溶成分が充分析出されない浅煎りコーヒーを、うちは置いていないので、確認せずに薄めたコーヒーを出すわけだが。

そこそこコーヒーに詳しい人だと、そういうことを知っていてアメリカン・コーヒーが日本にしかないという皮肉を話題にしたりするが、実はイタリアのバールなんかで「カフェ・アメリカーノ」とオーダーすると、エスプレッソにお湯の入ったポットがついてきたりする。
アメリカ製が「薄い」と思っているのはわりと世界の共通認識なのかもしれない。



2016年2月6日土曜日

カフェイン有害説の起源

今日の北海道新聞の朝刊コラム「各自各論」に、カフェインについての文章があった。
旦部幸博さんという滋賀医大の講師の方が書かれている。
今月「コーヒーの科学」という書籍を発刊予定という。


コラムでは、昨年末、国内で起きたカフェイン錠剤とエナジードリンクの併用によるカフェイン中毒死事故を取り上げ、カフェインの致死量とコーヒーの関係について記述している。

致死量があるのだから、やはりカフェインは毒物なのか、と感じるが、それはアルコールも同じで、過ぎれば毒になるものと我々は上手に共生してきたのである。
しかし酒の話ならば、飲み過ぎはダメよ、ということになるが、カフェインの場合には、存在自体が毒物というイメージがつきまとっているように思う。
その「カフェイン有害説」には根深い原因があるとコラムでは、書かれていた。
詳しく調べてみたので、こちらでもご紹介したい。

それは19世紀末のアメリカではじまった。

C.W.ポストという働き過ぎで神経症になった男がいた。
彼が治療を受けたのは、ケロッグ博士の療養所であった。
ケロッグ博士はシリアルと穀物から作ったカラメルコーヒーという代用飲料で健康な体が作れると主張して、あのケロッグを作った人だ。
いろいろと珍妙な健康法を作り出して、商業的には成功を収めたようだが、その珍妙さは後にブラック・コメディの映画が作られるほどだったという。

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C.W.ポストは、ケロッグ博士の療養所では治癒せず、「病を治すのは医療ではなく、祈りである」という教義の新宗教、クリスチャン・サイエンスに傾倒する。
にもかかわらず、恢復した彼は、ケロッグの療養所で知ったシリアルと代用コーヒー「ポスタム」の会社を興すのだ。

そしてそのポスタム売り込みのためのカフェイン攻撃ネガティブキャンペーンがはじまる。
このキャンペーンは、たまたまコーヒーの消費者価格の高騰と重なり、大成功。
ポストの事業は大成功を収める。

その後、C.W.ポストは「シリアルとポスタムで病気知らず!」「シリアルを食べれば虫垂炎にならない」というキャンペーンの文句を考えれば大変皮肉なことに、1914年に神経症を再発したうえ、虫垂炎を発症し手術を受けることになった。
同年、彼は入院中にピストル自殺してしまう。

その後、ポストの事業は娘が引き継ぎ、社名を「ゼネラルフーヅ」に変更された。
まもなく同社は、コーヒー焙煎会社マクスウェルハウス・コーヒー社を買収して、コーヒー事業に乗り出すことになる。
どういう経緯があったのかはわからない。しかしこれ以上皮肉な話があるだろうか。

さて、現代の巨大なコーヒー産業を「豆の流通」という視点で見た時、避けて通れないのが4つのコーヒー・メジャーの存在だ。
「ネスレ」「P&G」「クラフト」「サラ・リー」
この四社によって、コモディティの豆の流通の大部分が担われている。

この中のクラフトという会社は、日本でもチーズでよく知られているが、この会社のコーヒー部門の母体が「ゼネラルフーヅ」なのである。

日本では、クラフトチーズは森永の扱いだが、コーヒー部門のマクスウェルハウスは、1950年に設立された日本法人がその後、味の素と合併しAGFとなったので関係が見えにくいが、ブレンディやマキシムといったコーヒー・ブランドで生活の中に浸透している。

19世紀末のカフェイン・ネガティブキャンペーンが莫大な資金を生み出し、それが結果的にコーヒー四大メジャーの一角を作り出したということになる。
やはりコーヒーの歴史は、人の「欲」の歴史なのだなあと思う。

2016年2月1日月曜日

YKKがカフェをオープンした件で、日本におけるブラジルコーヒーの歴史を振り返る

ファスナーで有名なYKKが、東京墨田区にカフェをオープンしたそうだ。
カフェ・ボンフィーノといって、国技館近くのYKKのビルに隣接している。
使われているのは、ブラジルにある自社農園の豆。
店内に設置した大型焙煎機で自家焙煎している。

YKKは、1972年にファスナー事業でブラジルに進出し、そこで得た利益を再投資し、85年、セラードに3300万坪の大規模なコーヒー農園を開いた。
栽培されているのはカトゥアイ種だそうだ。
生産性が高く、病気に強いが、ロブスタとの混合種であるため風味には劣るように思うが、自家焙煎の鮮度がそれをカバーするだろう。


ブラジルコーヒーと日本の関係は昔から深く、明治41年に日本からブラジルへの最初の移民793名を載せた船「笠戸丸」が神戸から出港した時に始まる。

その笠戸丸出港から100周年を記念して発行された記念硬貨。

当時ブラジルは、奴隷解放によって農園の働き手を失い、国家的な主力産業であるコーヒー農園での労働力を求めていた。
しかし、賃金労働者と奴隷の区別がつかないブラジル園主と外国人労働者の間でドラブルが続出していた。

同じ頃、日本では人口増加による食糧不足、日露戦争帰還兵の失業者問題が深刻化していた。
その解決策として、日本人のブラジル移民を計画したのが皇国殖民株式会社社長、水野龍だった。
最初の移民事業が、前述の「笠戸丸」である。

日本人移民もまた、奴隷の扱いしか知らない農園主のもと、多くの困難と忍耐を強いられた。
大きな成果も上げられず移民事業は大きな赤字を抱えてしまう。

ブラジルのサンパウロ州政庁は、そんな水野の移民事業に対し、年間1,000俵の珈琲豆の無償供与と東洋の一手宣伝販売権を与え、日本におけるブラジルコーヒーの普及事業を委託した。
これがカフェ・パウリスタの始まりで、当時は南米ブラジル国サンパウロ州政府専属珈琲販売所と銘打っていた。 大隈重信もこの事業に協賛したという。

日本のカフェ文化は大きな拡がりを見せたが、戦争がすべてを壊してしまった。
戦後、GHQ経由で入ってきたコーヒー豆で、個人店が隆盛を見せたが、高度経済成長時代のライフスタイルに合わせてセルフ店が出てくる。
その先駆けがドトール・コーヒー。

ドトールとは、創業者の鳥羽博道がブラジルのコーヒー農園で働いていた時の下宿先の住所に由来する。
サンパウロのドトール・ピント・フェライス通り85番地。
 ドトール・チェーンは1400店舗以上あり、約1000店舗の日本スターバックスを上回る店舗数を誇る、いわば国民的カフェだが、その原点もまたブラジルだったということだ。

そして今度はグローバリズムの文脈で、再びブラジルへの進出がはじまった。
YKKの農園経営とカフェの今後を見守りたい。